非器質性精神障害を代表するPTSDは、後遺障害の対象から排除されつつあります。
そのきっかけとなった裁判例を検証します。
東京地裁判決 H15-7-24 東京地方裁判所平成14年(ワ)第22987号
2慰謝料 合計6800万円
(1)はじめに
本件事故は、偶然現場を通り掛かったテレビ局のカメラマンにより撮影された事故発生直後の映像が報道番組において放映され、酒酔い運転の危険性について社会に大きな衝撃を与えるとともに、加害者に対する刑事裁判の結果、危険な運転によって死傷の結果が生じた場合の法定刑が余りにも軽いのではないかという問題が広く認識され、刑法改正により危険運転致死傷罪が新設される一つの契機ともなった極めて痛ましい事故である。
(2)長女および次女について
長女および次女、本件事故当時、まだ3歳と1歳の幼児であり、本件事故に遭わなければ限りない可能性を有していたはずであったのに、突然、本件事故により命を奪われた同人らの無念さは、計り知れない。しかも、後部座席に幼い2人のみで身動きもできないまま取り残され、意識を失うこともなく、炎に取り巻かれ、熱さ・痛さに悲鳴を上げながら我が身を焼かれ死んでいったものであり、死に至る態様も極めて悲惨かつ残酷である。
本件事故は、前方が渋滞していたために徐々に減速していた被害車両が、後方から進行してきた加害トラックに一方的に追突されたものであり、被害車両を運転していた母親にも過失は全く認められず、もとより、長女および次女に責められるべき点は一切ない。
(3)両親について
両親は、普段、仕事のために滅多にに遊ぶことのできない子供たちとのレジャーからの帰途、長女および次女という、かけがえのない娘を2人同時に失うことになったものであり、母親においては、本件事故発生の日付を見るだけで長女および次女の生前の元気な様子を思い浮かべてしまうことからも窺われるように、その悲しみの気持ちは察するに余りある。
とりわけ、本件事故においては、我が子の助けを求める叫び声、泣き声を間近に聞きながらも、燃え盛る火炎の勢いのため、為すすべもなく、ただ、最愛の2人の娘が目の前で焼け死んでいくのを見ているほかはなかったという両親の痛恨の思いと無力感には、想像を絶するものがある。
加えて、父親は自らも重傷を負ったために、また、母親も既に遺体が子供用の布団等に包まれていたために、両名とも我が子の遺体を直接目にすることができないまま荼毘に付さざるを得ず、母親は我が子の最期の姿を刑事記録によって確認するほかなかったこと、その遺体は、炎で焼かれ、全く生前の姿をとどめない状態のものであったこと、本件事故の結果、両親は、子どもたちに、「シートベルトをしなさい」などと幾ら社会ルールにしたがうよう教えたとしても、大人が基本的なルールを遵守しないのでは、子供たちの命を守ることができないという悲痛な思いを抱かざるを得なかったことなども、決して見過ごすことのできない事情である。
そして、本件事故発生後の事情としても、両親は、我が子の死に直面して立ち直ることすら困難であっても不思議ではないにもかかわらず、今後このような悲惨な事故が二度と起きないようにするために社会に訴え掛けていくことを決意し、①刑法改正の署名運動に取り組んで37万人を超える署名を集め、その結果,危険運転致死傷罪の成立をみるに至ったこと、②さらに、それに満足することなく、全国を巡って交通安全についての講演を重ね、③被告高知通運の従業員に対しても自らの働き掛けによって講演を行うなど、本件事故による尊い犠牲を無駄にしないために交通事故防止の活動に身を捧げていること、それにもかかわらず、被告高知通運の社内で交通安全を推進すべき立場にある取締役の1人が、純然たる業務中でないとはいえ、原告らの被告高知通運の従業員に対する前記講演のわずか3週間後に、飲酒運転による追突事故を発生させるに至り、その結果、原告らに、我が子の死は何だったのか、我が子の死を無駄にしないために行ってきた運動も飲酒運転の撲滅に向けて効果を上げられなかったのではないか、という憤り、無念さをもたらしたことなどの事情も、慰謝料の算定に当たっては十分に考慮されなければならない。
被告高知通運が、葬儀費用のほかに、本件で請求されていない全損車両代および諸経費代として562万3503円、香典、見舞金、お供えなどとして190万円を支払い、相応の誠意を示していることを考慮しても、本件慰謝料としては、次のとおり、合計6800万円を認めるのが相当である。
NPOジコイチのコメント
当時の赤本基準における遺族を含む幼児の死亡慰謝料は、2000~2200万円ですから、3400万円、姉妹で6800万円は、破格に高額なものです。
なお、加害者の勤務する会社は、高知通運株式会社、支払っている損保は、日本興亜損害保険です。
この判例は、PTSDを交通事故の後遺障害として、ほぼ排除したことで、余りにも有名です。
「3歳と1歳の姉妹が助けを求める叫び声、泣き声を間近に聞きながらも、燃え盛る火炎の勢いのため、為すすべもなく、両親は、最愛の2人の娘が目の前で焼け死んでいくのを見ているほかはなかった。」 強烈な外傷体験ですが、この両親は、いずれもPTSDを発症していないのです。
それどころか、刑法改正の署名運動に取り組んで37万人を超える署名を集め、その結果、危険運転致死傷罪の成立をみるに至ったこと、さらに、全国を巡って交通安全についての講演を重ね、被告である高知通運の従業員に対しても自らの働き掛けによって講演を行うなど、本件事故による尊い犠牲を無駄にしないために交通事故防止の活動に勤しんでいるのです。
この判決をきっかけとして、交通事故では、およそPTSDは発症しないのではないか?
このような考え方が主流となり、自賠、労災保険、裁判所は、運用上、以下の4つの要件を厳格に適用することで、PTSDを交通事故の後遺障害として認めない方向性となっています。
①死んでしまうかもしれない臨死体験、強烈な外傷体験があって、
②その体験がフラッシュバックし、
③フラッシュバックを回避症状が現れ、
④覚醒亢進⇒易刺激性⇒集中困難症状と進行する、
現状では、PTSDとして特別視することなく、単なる非器質性精神障害として、よくて14級9号、ほとんどは、非該当となっています。