(1)病態
医学的には、脛骨顆部の最大横径の平方に含まれる部分を近位端、脛骨遠位部の最大横径の平方に含まれる部分を遠位端、それらを除く部位が骨幹部と定義されています。
ここでは、後遺障害を検証する観点から、ちょうど中央部を骨幹部としてとらえています。
交通事故における下腿骨々折の中では、最も多発している部位で、脛骨の単独骨折、脛・腓骨の骨折、腓骨の単独骨折の3種類があります。
脛骨は、皮膚の直下にあり、骨が皮膚を突き破る、開放性骨折を起こしやすい特徴があります。
①脛骨の下、3分の1の骨折では、下方の血流が停滞し、骨癒合が遅れ、偽関節を形成する?
②骨皮質が多く、海綿骨が少ないので骨癒合が得られにくい?
①②を理由として、脛・腓骨々幹部骨折は難治性です。
※骨折が治癒するには、骨折部周囲の血流が豊富なことが要件ですが、脛骨の下半分は、筋肉が腱に移行する部位で、骨周囲の血流が乏しいのです。
(2)症状
直後の症状は、激痛、腫脹で顔面蒼白状態となり、下肢はぐらつき、立位は不可能な状態です。
単純XP撮影で、容易に診断することができます。
開放骨折では、骨折した骨の一部が、皮膚を突き破って飛び出しています。
(3)治療
基本的に、他の骨折と同じ、非開放性で、転位のないときは、整復の上、ギプス固定がなされます。
※転位
骨折部のズレのことで、転位が大きければ、通常の整復では骨癒合が期待できません。
転位が大きいもの、皮下骨折で直接牽引ができないような複雑な骨折では、キュンチャー髄内固定やスクリュー、プレートにより、観血的に内固定を行います。
現実の治療では、積極的に手術による内固定が選択されています。
①のキルシュナー固定は骨膜を傷つけることがなく、骨癒合が長期化しない利点があります。
②のAOプレートは強固な固定が得られますが、偽関節の可能性を残します。
これ以外にも、エンダー釘による固定も行われています。
大半の症例で、骨癒合が完了し、抜釘するまでには、1年近くを要しています。
高度の粉砕骨折や開放性骨折は、安定性が得られるまでの期間について、上図の創外固定器が使用されています。脛骨の固定に際しては、以下のようにネジで固定します。
後遺障害としては、下腿の短縮、偽関節、腓骨神経麻痺やコンパートメント症候群等が予想されます。
※骨延長とイリザロフ創外固定器
ここでは下腿骨の治療に有効な、イリザロフ式創外固定について解説します。
先年お亡くなりになられましたが、日本では、大阪赤十字病院の大庭 健元整形外科部長が中心となって推進された手術法です。大阪赤十字病院、大手前整肢園における手術例は300例を超えました。
イリザロフ式創外固定法は、旧ソ連のクルガン地方で第2次大戦後の戦傷兵の治療に携わっていたイリザロフ医師が偶然に発見した治療方法です。
クルガン地方はモスクワから3000km離れた西シベリアの辺境です。
医薬品・医療器具、そして電気さえもままならない状況の中で、イリザロフ医師は自転車のスポークを鋼線の代わりに利用して骨に刺入し、これに緊張をかけて独自のリング状の固定器に接続をして骨片を固定する方法を開発しました。
ある患者に、この固定器を取り付け、術後、医師が休暇を取って不在の間に、患者が固定器に取り付けられていたナットを間違って逆回転させました。つまり締め付けるところを緩めてしまったのです。
休暇から戻ったイリザロフ医師は骨移植の必要を感じ、患者の骨折部をXP撮影したところ、骨折部の間隙はすべて新生骨で充填されていたのです。
つまり、飴細工のように骨を伸ばしたり、骨幅を増やしたり、どのような変形でも3次元的に矯正できるのがイリザロフ式創外固定器なのです。
NPOジコイチでは、脛骨の開放性骨折後、MRSA感染症による骨髄炎で偽関節となり、治療が長期化していた2名の被害者を大阪赤十字病院に転院させ、イリザロフの装用で完治させたことがあります。元の治療先では、抗生剤の持続還流や、ハイドロキシアパタイトに抗生剤をまぶして髄内に留置し、MRSAを殺しにかかりましたが、効果はありませんでした。
大阪赤十字病院では、骨折部の腐骨を大胆に骨切りし、強酸性水で洗浄、抗生物質を振りかけた後に創を閉鎖し、イリザロフで6cmを超える骨延長を行ったのです。
術後、6時間ごとに、創外固定器に取り付けられたレバーを回して、1日に1㎜の脚延長を続けて行く驚きの代物でした。
現在、この術式は、全国的に広まっており、かなりな進化を続けています。
最近、手指に対して、ニューイリザロフ創外固定器、イリザロフ・ミニフィクセイターも登場しています。
そして、イリザロフ以外にも、アルビジアネイル、延長機構を内在した大腿骨髄内釘で延長をすることができるようになっています。
アルビジアネイルは、閉鎖式骨固定法ですから、創外固定に比較して感染の危険性が少ないことや、治療完了までのQOLを高く保つことが可能です。
現状、イリザロフ法を用いた四肢再建、脚延長、骨・関節における感染症の第一人者は、東京大学医学部付属病院から移られた総合南東北病院の松下隆 外傷センター長です。
大腿、下腿、股関節、膝関節、足関節のパートごとに対応するのではなく、下肢全体を1つの外傷として、チームで総合的な治療を実施されているところに大きな特徴があります。
上肢についても、然りです。
名称 総合南東北病院 外傷センター
所在地 福島県郡山市八山田7丁目115
TEL 024-934-5322
センター長 松下 隆 (福島県立医科大学 外傷学講座 主任教授)
(4)後遺障害のポイント
1)本症例の後遺障害は、下腿骨の短縮、偽関節、変形癒合、合併症としてコンパートメント症候群、稀には、腓骨神経麻痺があります。
当然ながら、専門医が初期治療を担当したときは、大部分で、これらの問題を残しません。
しかし、交通事故外傷では、修復不能な不可逆的損傷を受けることもあり、かつ、すべての被害者に、専門医による良質な医療が提供されることも考えにくい状況です。
後遺障害の議論は、ここから始まるのです。
2)下肢の短縮障害
短縮障害では、下腿骨の骨折ですから、左右の膝関節~足関節までのXPの比較で短縮を立証しています。Giroj調査事務所の損害調査関係規定集では、下肢の短縮について、上前腸骨棘と下腿内果下端間の長さを測定し、健側と比較して算出すると規定しています。
この方法であれば、パンツを履いたまま計測ができるのですが、これが通用するのは、13級8号、1cm以上の短縮に限られています。10級8号や8級5号では、画像による立証が求められています。
等級 | 下肢の短縮障害 | 自賠責 | 喪失率 |
8 | 5:1下肢を5cm以上短縮したもの | 819 | 45 |
10 | 8:1下肢を3cm以上短縮したもの | 461 | 27 |
13 | 8:1下肢を1cm以上短縮したもの | 139 | 9 |
①補高靴による調整
脚長差があると、骨盤が傾斜し、脊柱は側屈してきます。
放置しておくと、腰痛や歩行障害を発症することになるので、それらを防止するには、短縮側の脚に補高調整を行う必要が生じます。
一般に脚長差が2cmを超えると、短い側の靴の中敷きや靴底を厚く加工して補高調整が必要です。


損保には、将来の補高靴の購入費用も請求しなければなりません。
②脚長差が5cmを超えたときは、短い側の大腿骨や下腿骨の骨延長術が必要とされています。
専門医であれば、一定の骨癒合が得られたタイミングで、イリザロフ式創外固定器などを用いて、骨延長術を行うので、長くても1年の経過で、骨短縮を残すことなく完治させているのです。
すでに1年近くを経過していれば、ここから再入院で骨延長術を受けると説明しても、ほとんどの損保は、治療費や休業損害を支払いません。骨延長術で、本当に改善するのかが、見通せないからです。
もう1つの問題は、勤務先に対する遠慮です。
すでに、長期欠勤が続いており、再び欠勤では、サラリーマンとしての人生が終わってしまうのです。
したがって、骨短縮を残して症状固定となり、損害賠償に決着をつけることになります。
骨延長術は、時期を見計らって、健康保険適用、差額の治療費を自己負担して受けることになります。
なお、短縮障害は、下肢のみに認められる後遺障害です。
3)偽関節=仮関節
整形外科医の全員が偽関節といいますが、自賠責保険だけは、仮関節と表現しています。
医学では、骨の一部の骨癒合が得られていないとき、偽関節と診断しますが、自賠責保険でいう仮関節では、①骨折部の周囲に、骨癒合が全く認められないこと、
②骨折部に、異常可動性が認められること、
上記の2つの要件を満たさないと、仮関節と認定されません。
医師の診断と後遺障害の認定基準は別物と知っておくことです。
右脛骨の骨折部に仮関節が認められるが、異常可動性がない?
プレート固定がなされているときは、この状況が予想されます。
もちろん、抜釘すれば、骨折部は仮関節で異常可動性を示すことになり、抜釘はできません。
抜釘前であれば、異常可動性がなくとも、仮関節は認められています。
3DCTの撮影で、骨折部を360°回転させれば、立証することができます。
ここでは、症状固定として、①仮関節で8級9号を獲得するのか?②再手術で骨癒合を目指すのか?
いずれかの選択を、しなければなりません。
常識的には、誰もが再手術と回答するのですが、それができない状況もあるのです。
骨短縮と同じで、時期を失していれば、損保は治療費や休業損害の支払いを拒否します。
さらなる欠勤で、勤務先に、これ以上の迷惑は掛けられない事情も存在します。
等級を獲得する目的で、症状固定を選択することがすべてではありません。
仕事上、人間関係上、そうせざるを得ない背景も、交通事故では発生しているのです。
なお、下肢の短縮障害と仮関節は、併合の対象です。
等級 | 下肢の偽関節 | 自賠責 | 喪失率 |
7 | 10:①大腿骨に異常可動性を有する偽関節を残し、硬性補装具を常に必要とするもの | 1051 | 56 |
10:②脛骨に異常可動性を有する偽関節を残し、硬性補装具を常に必要とするもの | |||
8 | 9:①脛骨と腓骨に偽関節を残し、立位や歩行に、ときどき、硬性補装具を必要とするもの | 819 | 45 |
9:②脛骨に偽関節を残し、立位や歩行に、ときどき、硬性補装具を必要とするもの | |||
12 | 8:腓骨に偽関節を残すもの | 224 | 14 |
4)治療は日進月歩であり、専門医の治療であれば、骨短縮、偽関節、変形癒合は聞かなくなりました。
仮に残したとしても、時間は掛かりますが、専門医で修正することができるようになっています。
下肢の偽関節による7、8級は、今では、あり得ない後遺障害と考えています。
とは言え、交通事故ですから、不可逆性損傷で、骨短縮、偽関節、変形癒合、などを残したときは、交通事故無料相談会などで、個別的に対応しています。