(1)ストラドル骨折・マルゲーニュ骨折
(1)病態
骨盤は、骨盤輪と呼ばれる内側でぐるりと輪を作る環状構造となっています。
この骨盤輪が、一筆書きに連続しているので、骨盤は安定しているのです。
両側の恥骨と坐骨の骨折で、骨盤輪の連続性が損なわれているようなストラドル骨折、
straddle骨折
骨盤複垂直骨折であるマルゲーニュ骨折では、骨盤の安定性が失われ、骨盤がぐらつきます。
(2)症状
骨折部の非常に激しい痛みで、歩くこと、動くこともできません。
内臓損傷では、腹痛を発症、泌尿器の損傷では、尿が出なくなります。
また、仙骨神経の損傷では、足の感覚や動きが悪くなります。
(3)治療
創外固定
骨盤複垂直骨折は、この骨盤輪を形成している骨盤が2カ所骨折したもので、2カ所の骨折により骨盤の安定性が損なわれます。転位の大きいものは、一旦は、創外固定器により、骨盤骨の安定化を実現し、その後に、整復固定術が実施されています。
(4)後遺障害のポイント
後段の(2)で、まとめて解説しています。
(2)恥骨結合離開・仙腸関節脱臼
(1)病態
骨盤は左右2つの寛骨が、後ろ側で仙腸関節、仙骨を介して、前側で恥骨結合を介してジョイントしており、左右の寛骨は腸骨・坐骨・恥骨と軟骨を介して連結し、寛骨臼を形成しているのです。
この輪の中の骨盤腔は内臓を保護し、力学的に十分荷重に耐え得る強固な構造となっていますが、大きな直達外力が作用するとひとたまりもなく複合骨折をするのです。
(2)症状
骨折部の強い痛みで動くことができず、内臓損傷では、腹痛、血尿、排尿困難、排尿の制御ができなくなり失禁することや下血、性器出血を伴うことがあります。
仙骨神経の損傷では、足の感覚や動きが悪くなります。
(3)治療
上図のような不安定損傷になると、観血的に仙腸関節を整復固定すると共に、恥骨結合離開についてはAOプレートによる内固定の必要が生じます。
上のイラストは、右大腿骨頭の脱臼も伴っています。
大腿骨頭の納まる部分である、寛骨臼の損傷が激しいときは、骨頭の置換術に止まらず、人工関節の置換術に発展する可能性が予想されます。
(4)ストラドル骨折・マルゲーニュ骨折、恥骨結合離開・仙腸関節脱臼における後遺障害のポイント
1)不安定型の骨盤骨折における後遺障害は、以下の3点です。
①骨盤骨折自体に関するもので、疼痛、股関節の可動域制限、骨盤の歪みによる下肢の短縮、
②骨盤輪内に収納されている臓器の損傷、
③内腸骨動脈などの血管の損傷、
2)骨盤骨折自体に関するもので、疼痛、股関節の可動域制限、骨盤の歪みによる下肢の短縮
①両側の恥骨と坐骨の骨折で、骨盤輪の連続性が損なわれるストラドル骨折や骨盤複垂直骨折であるマルゲーニュ骨折では、骨盤の安定性が失われます。
創外固定器の使用で骨盤骨の安定化を実現し、その後に整復固定が行われていますが、ここまで大規模な骨折では、元通りの骨癒合は期待できません。間違いなく、変形骨癒合を残しているのです。
②イラストでは、仙腸関節が脱臼し、恥骨結合が離開、右股関節は、大腿骨頭が後方脱臼しています。この不安定損傷に対しては、手術により、仙腸関節と右大腿骨頭を整復固定、右寛骨臼蓋の形成術などが行われ、同時に、恥骨結合離開についてはAOプレートによる内固定が実施されますが、骨盤骨は、捻れ、歪みなどを残して症状固定となり、完全に元通りは、期待できません。
最初に着手すべきは、3DCTによる、変形癒合の立証です。
股関節の可動域制限、疼痛の神経症状は、変形癒合の程度で、等級が認定されているからです。
③骨盤骨の歪みにより、左右の下肢に脚長差が生じたとき、NPOジコイチでは、画像解析ソフトONISを駆使して、脚長差を具体的に立証しています。
等級 | 下肢の短縮障害 | 自賠責 | 喪失率 |
8 | 5:1下肢を5cm以上短縮したもの | 819 | |
10 | 8:1下肢を3cm以上短縮したもの | 461 | 27 |
13 | 8:1下肢を1cm以上短縮したもの | 139 | 9 |
上記の要件で等級は認定されていますが、本件では、骨盤骨の歪みが原因であり、下肢に実質的な短縮はありません。そこで、実務上は、骨盤骨の変形の12級5号と比較して、いずれか上位の等級が認定されており、このことも、知っておかなければなりません。
3)骨盤輪内に収納されている臓器の損傷
骨盤輪の中には、S状結腸、直腸、肛門、膀胱、尿道、女性では、これらに加えて、子宮、卵巣、卵管、腟が収納されており、消化管は下腸間膜動脈、女性性器は卵巣動脈と子宮動脈、泌尿器系は内腸骨動脈により必要としている酸素と栄養素が供給されています。
①骨盤骨折に合併するS字結腸・直腸の損傷ですが、人工肛門の造設などの重症例はなく、経験則では、便秘を残すものが圧倒的です。
S字結腸に外傷があって、その結果、便秘になったものが対象で、便秘を残すものについては、肛門括約筋を支配している骨盤神経もしくは下腹神経に損傷が認められることが条件となっており、これは、直腸肛門機能検査を受けて立証します。
その上で、排便回数が週2回以下の頻度で、恒常的に硬便であれば、認定がなされています。
等級 | 便秘を残すもの | 自賠責 | 喪失率 |
9 | 11:用手摘便、手を使って掻き出す必要のあるもの | 616 | 35 |
11 | 10:それ以外のもの | 331 | 20 |
②膀胱・尿道の損傷では、排尿障害が圧倒的です。
医学論文では、仙骨の脱臼骨折では、56%に膀胱・直腸障害が認められると報告されています。
排尿障害は泌尿器科におけるウロダイナミクス検査で立証することになります。
仙骨の骨折で出現する排尿・排便障害は、S2とS3の仙骨神経根の損傷が原因です。
S2の陰部神経は、外尿道括約筋の持続的収縮を弛緩させ、S3の骨盤神経は尿意を促し、膀胱括約筋を収縮させ排尿に導く、S2、S3の神経根が障害されると尿閉をきたすことが判明しています。
等級 | 排尿障害を残すもの |
9 | 11:残尿が100ml 以上のもの |
11 | 10:残尿が50~100ml 未満であり、尿道狭窄のため、糸状プジーを必要とするもの |
14 | 9:尿道狭窄のため、糸状プジー20番がかろうじて通り、時々拡張術を行う必要のあるもの |
頻尿を残すもの | |
11 | 10:頻尿を残すもの |
③男女の生殖器の損傷
男性では、勃起障害が多く見られます。
勃起障害は、泌尿器科におけるリジスキャンRによる夜間陰茎勃起検査を受けて立証します。
同時に、会陰部の知覚、肛門括約筋のトーヌスおよび球海綿反射筋反射による神経系検査、プロスタグランジンE1海綿体注射による各種の血管系検査を受け、勃起を支配している神経の損傷を立証しなければなりません。

会陰部の知覚

肛門括約筋の随意収縮

球海綿体筋反射
※会陰部の知覚
会陰部とは、俗に蟻の門渡りと呼ばれる外陰部と肛門の間に位置していますが、肛門の周囲を針で刺して痛みがあれば正常とされています。
※肛門括約筋の随意萎縮
肛門に指を挿入、肛門収縮があれば正常とされています。
※球海綿体筋反射
肛門に指を挿入し、亀頭や陰核をつかみます。
肛門が収縮すれば正常、亢進すれば脳・脊髄に、消失すれば末梢神経の障害が予想されます。
等級 | 男性の生殖器障害 | 自賠責 | 喪失率 |
9 | 17:勃起障害を残すもの | 616 | 35 |
※左が女性(♀)、男性(♂)
女性の狭骨盤、比較的狭骨盤についてですが、左側のイラストが女性の骨盤で、左右の寛骨・仙骨・2つの仙腸関節・恥骨結合をつなぐ輪を骨盤入口といい、赤ちゃんが通る産道となっています。
女性の骨盤は、洗面器型と呼ばれ、妊娠・出産に適した形になっています。
骨盤骨折による変形のために、骨盤腔が一部狭くなったときは、産婦人科で骨盤骨の計測を受ける必要があります、産科的結合線が9.5cm未満か、横径の最大距離が10.5cm未満を狭骨盤、産科的結合線が9.5~10.5cmあるいは横径が10.5~11.5cmのときは、比較的狭骨盤といいます。
いずれも、分娩は、帝王切開が選択されることが多くなることから、11級10号が認定されます。
等級 | 女性の生殖器障害 | 自賠責 | 喪失率 |
7 | 5:両側の卵巣を失ったもの | 1051 | 56 |
9 | 11:子宮を失ったもの | 616 | 35 |
11 | 10:比較的狭骨盤または狭骨盤が認められるもの | 331 | 20 |
13 | 11:1側の卵巣を失ったもの | 139 | 9 |