(1)病態
頭蓋骨の底面となる頭蓋底は、ちょうど眼の下に位置しており、赤い太線でイラストしている部分です。
頭蓋底は、厚さの異なる骨が、でこぼこ状に形成されており、多くの孔が開き、視神経、嗅神経、聴神経、血管などが出入りする複雑な構造となっています。
眉部の打撲、耳介後部の打撲などで、頭蓋底骨折は発生しています。
パンダ目症候群やバトルサインが見られるときは、診断の補助になりますが、XPやCTでは骨折の診断が困難なことが多く、やはり、診断の決め手は髄液漏の事実で確定されているのが実情です。
髄液漏とは、頭蓋底骨折により、耳や鼻から脳脊髄液が漏れ出てくる状態で、耳なら髄液耳漏、鼻であれば髄液鼻漏と呼ばれています。
大量の髄液漏れでは、それと引き替えに空気が頭蓋内に入ることがあります。
傷病名は気脳症となり、CT撮影で気脳症の所見があるときは、頭蓋底骨折が確定診断されます。
髄液漏の治療では、1週間程度の絶対安静により頭蓋底からの髄液の流出を抑え、骨折面の癒着による漏孔の自然閉鎖を待ちます。
外傷性髄液漏の80%は、1~3週間以内に自然に止まるといわれています。
大半は、事故現場で、あるいは救急搬送された病院で、鼻や耳からサラサラした水が流れ出てきた状況で、その後に漏出することは稀で、長期間、漏出することも、ほとんどありません。
髄液漏があれば、当然、主治医に申告して、眼窩部のMRI撮影を急がなければなりません。
そして、鼻水と誤解してすすってはなりません。
鼻をすすると、頭蓋内に細菌が入って髄膜炎を発症する危険、可能性が予想されるからです。
(2)症状
頭蓋底の孔の多くには、脳から出て顔面や内臓に至る脳神経が走行しており、この孔に骨折がおよぶと、中を走行している脳神経を傷つけ、めまい・失調・平衡機能障害、視力低下、調節障害、難聴、耳鳴り、嗅覚や味覚の脱失を来すことになります。
(3)治療
頭蓋底骨折が確定診断されていれば、入院下で安静の指示となり、髄膜炎に対する抗生物質の点滴注射、脳神経障害を抑えるため、ステロイド薬の投与が行われます。
日本のガイドラインでは、2~3週間の絶対安静を行っても髄液漏が止まらないとき、一旦は止まった髄液漏が再発したとき、髄液漏が遅れて発症したときは、手術適応の基準としており、開頭硬膜形成術で断裂した硬膜の縫合閉鎖が実施されていますが、このような重傷例は1例も経験していません。
(4)後遺障害のポイント
1)交通事故では、眉の部位や耳介後部の強い打撲などで、頭蓋底骨折が発生しています。
車VS車では側面衝突、バイク、自転車では、転倒時に強く打撲することで予想される骨折です。
頭蓋底骨折のみの傷病名であれば、意識障害もなく、高次脳などの深刻な後遺症を残しません。
しかし、視神経損傷では、視力低下、調節障害、めまい・失調・平衡機能障害、聴神経損傷でも、難聴、耳鳴り、嗅覚や味覚の脱失、めまい・失調・平衡機能障害などの症状が出現し、日常生活で大きな支障を残すことになります。
2)骨折であっても、デコボコで厚みの薄い骨が、パリンと亀裂骨折しているに過ぎません。
頭蓋底骨折の最大の問題点は、この傷病名が見逃されることが多いことです。
救急搬送先が、整形外科の救急病院であれば、この傷病名の発見はやや深刻です。
事故現場、搬送先病院で、サラサラした水が、耳や鼻から漏出していないか確認することです。
この訴えがあれば、CTもしくは眼窩部のMRI撮影で頭蓋底骨折を立証できることがあります。
3)問題となるのは、頭蓋底骨折が見逃されたときです。
事故後に、めまい、失調、平衡機能障害、視力低下、調節障害、難聴、耳鳴り、嗅覚や味覚の脱失症状が見られるときは、被害者やその家族が、頭蓋底骨折を疑わなければなりません。
その立証は、受傷から2、3カ月以内に、眼窩部のターゲットCT撮影を受けることであり、最新鋭のCT、HRCTによる眼窩部のターゲット撮影であれば、完璧です。
頭蓋底骨折が立証されていれば、めまい、失調、平衡機能障害、視力低下、調節障害、難聴、耳鳴り、嗅覚や味覚の脱失症状は、その症状により、3~14級の6段階で正当に評価されます。
4)失敗例?
①実際にあった、医師の協力が得られない例、
大学生が、バイクを運転して直進中、対向右折車と出合い頭衝突、左方向に飛ばされ転倒しました。
救急搬送された治療先で、XP、CT撮影を受け、診断書には、左鎖骨遠位端骨折、左橈骨遠位端骨折、頭部打撲などの傷病名が記載されています。
左鎖骨は保存療法で、左橈骨遠位端骨折に対しては、オペによりプレート固定が行われました。
本人の訴えは、左鎖骨および左手関節の痛み、強いめまい、耳鳴り、難聴です。
めまい、耳鳴り、難聴などの症状から、頭蓋底骨折を疑診した家族は、眼窩部のターゲットCT撮影をお願いしたのですが、医師はその必要はないとして拒絶、そのままとなりました。
医師は、診断権を有する、プライドの高い人達です。
素人の患者側から、治療上の指図を行えば、大きく嫌われ、拒絶されることが普通なのです。
米つきバッタの如く、低姿勢でお願いすることになりますが、意味が通じないこともあります。
我田引水で恐縮ですが、こんなときは、日常的に医師と面談を繰り返し、治療先のネットワークを確保している専門家、チーム110のコーディネートが頼りになります。
先の例では、高次脳機能障害の立証で、日頃から交流のある治療先と医師を紹介、その治療先に同行して、HRCTによる眼窩部のターゲット撮影を受け、頭蓋底骨折を立証しました。
②初診の治療先で頭蓋底骨折が見逃され、時間が経過したもの、
過去には、受傷から8カ月を経過するも、眼窩部のターゲットCTで頭蓋底骨折を立証できたことがありますが、大きな亀裂骨折であったことと、高名な脳神経外科医に恵まれたことで得られた奇跡に等しいもので、それ以外では、全てで、立証に失敗しています。
CTの解像度や性能は飛躍的に上がっていますが、それでも、4カ月以上を経過したものでは、立証が困難であることがほとんどで、こうなると、残存症状を訴え、種々の検査でそれらを立証しても、本件交通事故との因果関係を証明することができず、後遺障害は非該当とされます。
万事休す、お手上げとなります。
したがって、NPOジコイチでは、受傷直後の電話、メールによる相談や交通事故無料相談会の参加を呼びかけているのです。
※パンダ目症候群とバトルサイン
頭部打撲後、皮膚に傷はないが、両眼にパンダの目のような皮下出血が見られることがあります。
これをパンダ目症候群、ブラックアイと呼び、頭蓋底骨折を疑う所見として、重要視されています。
もう1つ、耳の後ろの生え際が、内出血で黒くなることがあります。
これは、バトルサインと呼ばれ、これも、頭蓋底骨折を疑う所見として重要視されています。
人気のTV番組、「コードブルー ドクターヘリ緊急救命」でも、バトルサインが取り上げられています。
もっとも、目の周りを殴られたときは、頭蓋骨の構造上、眼窩の骨に沿った形に内出血が起こり、片目にパンダのような痣ができることがあります。
芝居のギャグでも使われる、単なる内出血であれば、心配することでもありません。