(2)頚椎捻挫・外傷性頚部症候群・ムチウチ

頸椎の構造

1)病態

頚椎捻挫は、風邪と同じ?
交通事故で圧倒的件数を誇るのは、外傷性頚部症候群=頚椎捻挫=WADです。
整形外科の多くの医師は、WAD、Whiplash Associated Disorderと呼んでいます。

①頚部になんらかの外力が加わったことが推測される受傷機転であって、
②画像上、外傷性変化は認められないものの、
③被害者が頚部痛などの自覚症状を訴えれば、日常の臨床では、WADと診断されるのです。

受傷機転や自覚症状は、被害者の申告ですから、詰まるところ、「事故にあって首が痛い?」 と言えば、それだけで頚椎捻挫と診断されているのです。
エビデンスをベースに診断がなされている医学の中では、非常に珍しい傷病名であり、風邪と変わらない扱いがなされているのです。

※エビデンス
証拠、根拠、証明、検証結果のことで、医学においては、その治療法が選択されることの科学的根拠、臨床的な裏づけをいいます。

2)症状

頚椎捻挫の自覚症状は、頚部痛以外に頭痛、上肢のしびれ、めまい、耳鳴りなど多岐にわたります。
これらの症状の詳しいメカニズムは、現在に至っても解明されておらず、したがって、根治的な治療方法も発見されていません。やむを得ず、被害者の訴えに対しては、対症療法が続けられています。

頚椎捻挫では、それなりの衝撃を頚部に受け、受傷直後から、一貫した症状の訴えが続いていることを前提として、左右いずれかの肩、上肢の重さ感、だるさ感、手指の軽いしびれなどの末梢神経障害の症状が後遺障害の対象とされています。

神経根障害

頚部痛、頚部の運動制限、不眠、頭痛、めまいなどは、最初から、後遺障害の対象ではありません。
そして、頚椎捻挫では、外傷性の画像所見が得られないことが、最大の特徴です。
頚椎椎間板ヘルニア、骨棘形成が指摘されても、これらは外傷性ではなく、年齢に伴う変性所見です。

※骨棘(こっきょく)
椎体関節のクッションの役目を果たしている椎間板は、年齢と共に水分を失い、乾燥し痩せてきます。となると、椎体の安定性は失われることになり、これは大変だということで、椎体の四隅に椎体骨の一部がせり出し、椎体自身で安定性を確保しようとするのです。
このせり出した骨のことを、骨棘と呼んでいます。
丸みを帯びた椎体の四隅に骨棘が形成されることで、末梢神経の通り道は、狭められるのです。

※椎間板ヘルニア
椎体関節のクッションの役目を果たしている椎間板は、年齢と共に水分を失い、乾燥し痩せてきます。

椎間板ヘルニア

それにより、椎間板の中心部分の髄核が左右もしくは真後ろに流れ出てくることがあるのです。
突出した髄核が左右の末梢神経や真後ろの脊髄を圧迫していることを、椎間板ヘルニアと呼びます。
骨棘や椎間板ヘルニアは、30歳以上であれば、誰にでも認められる年齢変性です。
椎間板ヘルニアが、脊髄を圧迫しているときは、左右両上肢に症状が出現することになります。

3)画像所見

後遺障害等級の認定では、MRIの画像所見が参考にされています。
さらに、MRIでチェックされているのは、C5/6、6/7左右の末梢神経の通り道です。
末梢神経は、神経が剥き出し状態ではなく、さやに包まれて走行しているのです。
18歳頃から緩やかに進行する年齢変性は、大部分がさやで吸収されており、具体的な症状となって現れないのですが、そこに、日常経験することのない交通事故の衝撃が加わると、どうなるでしょうか?
さやで受け止め切れず、末梢神経そのものが損傷することが予想・推測されるところから、このこと、つまり年齢変性が、後遺障害等級を認定する上で、重要視されているのです。

※神経鞘
末梢神経系の神経線維を包む透明な弾性薄膜で、シュワン細胞と呼ばれる細胞からなり、衝撃の吸収と栄養補給を担っています。

4)後遺障害のポイント

頚椎捻挫の後遺障害、4つの認定要件
WADは、そもそも被害者の訴えだけで、頚椎捻挫と確定診断されているのです。
XP・MRIの撮影で確認できるのは年齢変性ばかりで、外傷性を立証することはできません。
したがって、虚偽の申告を排除する必要から、WADの後遺障害は一段と厳しく審査されています。

Giroj調査事務所が公表している後遺障害等級14級9号の認定要件は、以下の4つです。
外傷性頚部症候群に起因する症状が、神経学的検査所見や画像所見から証明することはできないが、
①受傷時の状態や
②治療の経過などから
③連続性、一貫性が認められ、説明可能な症状であり、
④単なる故意の誇張ではないと医学的に推定されるもの。

これを分かりやすく読み解いてみます。
①受傷時の状態?
軽微な物損事故であれば、後遺障害の認定には至りません。
受傷時の状態とは、受傷機転、事故発生状況のことを意味しており、それなりの衝撃がないと後遺障害は認めないと断言しているのです。
症状は被害者の申告であり、物損の大小で衝撃力の大きさを類推、客観的な証拠としているのです。
私は、車VS車では、物損で30万円以上を想定しています。
いずれにしても、バンパーの交換程度では、後遺障害は認められないということです。
無料相談会では、「物損の修理費用をお教えください?」 いつでも、必ず、確認しています。
もちろん、歩行者や自転車、バイクVS車の衝突では、この限りではありません。

②治療の経過
治療の経過とは、事故直後から、左右いずれかの頚部、肩、上肢~手指にかけて、重さ感、だるさ感、軽いしびれ感の神経症状を訴えていることです。
無料相談会では、事故直後からの症状をシッカリと確認しています。
ただし、14級9号であれば、目立ったしびれ感はありません。
そこで、事故直後から、左右いずれかの頚部、肩、上肢~手指にかけて、重さ感、だるさ感、言われてみれば軽いしびれ感が出現していましたか?
症状の受け止め方を拡大して質問しており、ここが、奥の深いところです。
外傷医学においても、全ての症状は、受傷から3カ月以内に出現するとしています。
4カ月目に、当方のHPに到達し、そこから症状を訴えても、もう、相手にはされません。

③連続性、一貫性と説明可能な症状
連続性とは、継続的で真面目な通院のことで、1カ月で10回以上を想定しています。
どんな症状を訴えても、6カ月間で30回程度の通院では、後遺障害の残存は否定されます。
一貫性とは、自覚症状の一貫した訴えのことで、詐病を排除しているのです。

すでに6カ月以上が経過し、この間、整骨院で施術を受けたものは、後遺障害の認定はありません。
施術は、医療類似行為、施術であって、医師の行う治療ではないと判断されるからです。
後遺障害とは、6カ月間の治療を続けるも、治り切らないで残った症状のことであり、
治療とは、診断権を有する医師が行うものに限られています。

説明可能な症状とは、MRIで、症状と画像所見に整合性があることです。
整形外科医が末梢神経障害を疑うときは、一般的には、MRIの水平画像でそれらを確認します。
つまり、MRIの撮影がなされていることで、末梢神経障害の可能性は高まるのです。
年齢変性であっても、自覚症状に一致するMRI所見※が得られているかは、検証されています。

※MRIの画像所見
頚椎でポイントとなるのは、C5/6、6/7の左右の神経根です。
右上肢に重だるさ感があり、親指と人差し指に軽度な痺れがあるとき、C5/6右側の神経根が、椎間板ヘルニアによる圧迫を受けているか、骨棘などで通り道が狭められているなどの画像所見が得られていれば、自覚症状と画像所見は一致したことになります。

左上肢に重だるさ感があり、小指と環指に軽度な痺れがあるとき、C6/7左側の神経根が、椎間板ヘルニアによる圧迫を受けている、あるいは、骨棘などで通り道が狭められているなどの画像所見が得られていれば、自覚症状と画像所見は一致したことになります。

まだ実用化はしていませんが、微小炎症を可視化する方法として特殊なPET検査である11C-DDE PET/CTという検査方法が開発されています。この検査を行うとWADで生じている疼痛部位に取り込みが行われるため、将来的にWADを客観的に画像診断で評価ができる時代がくるかも知れません。

④故意の誇張
賠償志向が強く、発言が過激で症状の訴えが大袈裟など、損保が非常識と判断した被害者では、後遺障害は非該当とされています。多くは、損保から早期弁護士対応とされています。

単なる故意の誇張ではないとは、被害者の常識性と信憑性です。
あまりに大袈裟なもの、通院にタクシーを利用するなどの非常識は、排除されています。

※頚椎捻挫の後遺障害等級

等級 内容 自賠責 喪失率
12 13:局部に頑固な神経症状を残すもの 224 14
他覚的検査により神経系統の障害が証明されるもの
14 9:局部に神経症状を残すもの 75 5
神経系統の障害が医学的に推定されるもの

12級13号が認定されるには、先の要件に加えて、以下の2つを満たさなければなりません。
※スパーリング、ジャクソン、深部腱反射、筋萎縮などの神経学的所見が得られていること、
※針筋電図検査で神経原性麻痺が確認できたときは、有効な他覚的所見となります。
ただし、あっちこっち針を突き刺して電気を通す検査ですから、拷問に等しい痛みを伴います。
※MRIの水平画像で、末梢神経の通り道が確認できないほどの圧迫所見が認められること、

5)ムチウチの治療期間など、損保との攻防

最初に、損保が治療の打ち切りを打診するのは、受傷から3カ月を経過した段階です。
この段階で打ち切ると、総損害額は自賠責保険から充当されるので、任意保険としての支出は0円、損保にとっては、理想的な示談解決となります。

しかし、症状があって、日常・仕事上に支障があるときは、これに応じることはできません。
被害者自身が具体的な症状、支障を説明して損保の了解を得なければなりません。
弁護士費用特約に加入しているときは、この交渉を弁護士に委ねることができます。

治療打ちきりを促進するため、受傷から3カ月前後で、治療先には、症状照会の書類が郵送されます。
医師面談による医療調査の要請がなされることもあります。
大多数の整形外科医は、被害者に不利にならないよう、つまり、損保から上げ足を取られないように、回答しているのですが、臨床では、毎日、150名以上の患者を診察しており、午後からは、入院患者のフォローや手術も入り、大変忙しくしているのです。

症状照会の回答では、カルテをチェックしなければならず、1、2時間の手が取られます。
鬱陶しい、煩わしいで、整形外科医がWADの被害者を敬遠したくなる理由が、ここにあるのです。
そして、治療を継続していると、この手の書類が症状固定まで複数回、郵送されてきます。
整形外科医イジメとも言われかねない、損保の嫌がらせが続くのです。

胃癌で胃の全摘術を受けても、6カ月を経過すれば全員が就労復帰を遂げています。

治癒

それらと対比するのであれば、WADの治療期間は、6カ月で十分と考えています。