(10)頚椎前方除圧固定術に伴う嚥下・開口・嗄声

1)病態

頚椎には、頚部脊柱管という脳から続く脊髄神経=赤矢印が通っている管があります。
この部分で脊髄神経が圧迫されると、上肢の痛み、筋力低下による手足のしびれや麻痺など、日常生活や社会生活で大きな支障をきたす様々な症状が出現します。

2)症状

頚椎椎間板ヘルニア、骨棘形成による頚椎症、OPLL(頚椎後縦靭帯骨化症)、頚椎不安定性、頚部脊柱管狭窄症などの素因が存在しているところに、追突事故などの衝撃を頚部に受けると、脊髄神経が圧迫、損傷を受け、神経麻痺の症状や排尿障害などが出現することがあります。

ヘルニアや骨棘形成は、誰にでも認められる年齢変性です。
事故前に、OPLLや頚部脊柱管狭窄症が確定診断され、治療中であるときは、素因減額の対象になりますが、事故前に症状がなく、治療歴もない上記の傷病名は、画像上では、狭窄気味であることですから、当然ながら、素因減額の対象になりません。

3)治療

脊髄の圧迫による神経の麻痺症状が重篤で、排尿・排便障害を伴うときは、オペで神経の圧迫を取り除き、症状の軽快や進行の予防を講じなければなりません。
脊髄神経に対して、前方向からの圧迫が中心で、病変が2椎間の範囲であれば、頚椎前方除圧固定術が実施されています。ところが、頚椎前方除圧固定術を受けた被害者に、気道狭窄による呼吸障害、嗄声=かすれ声、嚥下障害などの合併症を残すことがあるのです。

その原因を理解する必要から、オペの内容をかいつまんで説明しておきます。
オペは、気管内に人工呼吸のためのチューブを挿入し、全身麻酔下で行われています。
頚部の前面に6~7cmの皮膚切開で皮下組織を切離し、さらに頚部前面の筋肉を左右に分け、次に食道・気管を内側に、総頚動脈・静脈を外側に寄せると、頚椎の前面が現れるのですが、XPで目的とする部位を確認しつつ、顕微鏡下で手術用ドリルを用いて椎体前面から後方へ、脊髄神経側まで、慎重に骨を削っていきます。一連の操作で、脊髄神経を圧迫しているヘルニアや骨棘が確認できるので、それらを取り除きます。圧迫が解除された時点で、手術の目的が達成されたことになります。
削った骨の部分に、腸骨の一部を移植して固定します。
脊髄神経への圧迫が取り除かれたことを確認し、皮膚を閉じオペは終了します。

オペに伴う、代表的な合併症は、術後気道狭窄、嗄声、嚥下障害の3つです。
(1)嚥下(えんげ)障害
手術中、食道を圧迫するために、術後、嚥下障害が出現することがあります。

(2)嗄声=かすれ声
反回神経の障害や手術中の気道圧迫などにより、嗄声が出現することがあります。
また、気管挿管の影響により、手術後に喉の不快感や声がかれたりすることがあります。

(3)術後気道狭窄
手術中、気管を圧迫するために、術後、気道狭窄による呼吸障害を合併することがあります。

いずれも一過性のもので、通常は、数日から数週間で改善すると見られていますが、私の経験則では、これまでに、嗄声で12級相当が2件、嚥下障害では、併合5級と併合4級の2件が、後遺障害として認定されています。

(1)嚥下障害とは?

1)病態

嚥下のシステムは、通常、私達は歯でかみ砕いた食物を舌で咽頭に送り込み、飲み下します。
このとき、軟口蓋が上方に移動して、口腔と鼻腔を遮断してくれます。
同時に、絶妙のタイミングで咽頭蓋によって気管に蓋がなされ、飲み込む瞬間に限って開く食道に、食物を送り込んでいるのです。
これらの複雑な運動を支配している神経や筋肉が障害されたときは、嚥下障害を発症します。

2-1)症例

相談の被害者は、57歳男性、青信号で横断歩道を歩行中に、対向右折車にはね飛ばされました。
頚椎、C5/6の脱臼骨折と診断され、前方固定術が実施されたのですが、右半身麻痺による歩行困難、右上肢の脱力などの脊髄症状を残し、9級10号が、嚥下困難は、C5/6頚椎脱臼骨折および頚椎前方固定術に起因するものと捉えられ、そしゃく状況報告表では、お粥、うどん、軟らかい魚肉またはこれに準ずる程度の飲食物でなければ嚥下できないところから、6級相当が認定されました。

これは、X線透視下の嚥下造影検査、さらに、頚椎MRIで立証したのですが、前方固定部の骨化が進行し、椎体前方の食道や気管を圧迫したことによる嚥下障害と診断されました。
2つの等級は、併合され、併合5級となりました。

2-2)症例

もう1例は、交通事故、頚椎椎間板ヘルニアによる圧迫でC3/4の前方固定術を受けています。
この被害者よりは、術後からムセ込むことが増えて困っているとの訴えです。
被害者には、医大系の耳鼻咽喉科で徹底的な検査を受けるように指示しました。
視診では、器質的変化はなかったのですが、嚥下するときの咽頭ファイバー検査で、咽頭反射の減弱が認められました。
アイスマッサージの指示がなされ、6カ月間の治療を継続したのですが、改善は得られず、咽頭知覚の低下による中程度の嚥下障害が認められたのです。
これらの結果をまとめて、被害者請求を行い、脊髄症状で5級2号、嚥下障害で10級相当、併合4級が認定されました。

3)後遺障害のポイント

①嚥下障害は、どこの科で検査を受けるのか?
嚥下障害の診療は、一部のリハビリテーション科と耳鼻咽喉科、歯科が担当しています。
しかし、検査を受けるとなると、専門としている病院、診療科は全国でも数少ないのが現状です。
例えば、大阪大学歯学部附属病院では、顎口腔機能治療部が担当しています。
地元の医大系の総合病院でないと対応できません。

②どんな検査を受けて立証するのか?
①嚥下障害は、被害者が記載する自賠様式、「そしゃく状況報告表」を提出しなければなりません。
それだけにとどまらず、VF検査=嚥下造影検査を受けて立証します。

この検査では、嚥下動作の全過程を画像として捉えることができるだけでなく、咽頭・喉頭部や食道、頸椎の解剖学的な異常も観察することができます。

②もう1つは、鼻咽腔ファイバーによる嚥下内視鏡検査です。

鼻咽腔ファイバー
直径約3.5ミリ、長さ約35cmの軟性鏡で手元のレバーを操作して内視鏡の先端を曲げ、飲み込みの状態を観察・評価するものです。

③嚥下障害の後遺障害等級
咀嚼とは、噛み砕くこと、嚥下とは飲み下すことですが、嚥下障害では、咀嚼障害の等級を準用して等級が認定されています。

等級 そしゃく障害の内容
3 2:咀嚼の機能を廃したもの
味噌汁、スープ等の流動食以外は受けつけないもの
6 2:咀嚼の機能に著しい障害を残すもの
お粥、うどん、軟らかい魚肉、これに準ずる程度の飲食物でなければ噛み砕けないもの
10 3:咀嚼の機能に障害を残すもの
ご飯、煮魚、ハム等は問題ないが、たくあん、ラッキョウ、ピーナッツ等は駄目なもの

嚥下障害単独の症状であれば、通常、10級3号が対象となります。
本件からは外れますが、頭部外傷による脳神経の損傷、脳梗塞で咽喉支配神経が麻痺したときにも、嚥下障害を発症します。
高次脳機能障害の患者からその症状を拾い出すと、嗅覚障害、味覚障害等、五感にまつわる障害が出てくることがあります。これは脳の機能が壊れてしまったとき、それぞれ嗅覚神経、味覚神経の経路に問題が生じてしまったときが想定されます。嚥下障害では、後者に当てはまります。
小脳や脳幹部に損傷があるときは、嚥下障害も当然に疑って対応をしています。

※開口障害

開口は、正常であれば、男性で55mm、女性で45mmが日本人の平均値です。
これが2分の1以下に制限されると、開口障害により咀嚼に相当の時間を要することになり、12級相当が認定されます。
男女とも、指2本を口に挿入できなくなったときは、後遺障害の対象となります。

(2)頚椎前方除圧固定術に伴う嗄声=かすれ声

1)病態

反回神経障害やオペ中の気道圧迫などにより、また気管挿管の影響により手術後に喉の不快感や声がかすれる、嗄声が出現することがあり、それらを解説します。

ヒトが発声するときは、左右の声帯が中央方向に近寄って気道が狭まり、呼気により声帯が振動することにより発声しています。

また、食物を飲み込む=嚥下するときには、嚥下したものが気管に入り込まないように左右の声帯は強く接触して気道を完全に閉鎖しているのです。
このような声帯の運動性は、反回神経によりコントロールされています。

反回神経麻痺では、息もれするような声がれ、誤嚥、むせるといった症状を引き起こします。
両側の反回神経を損傷すると、左右の声帯が中央付近で麻痺して動かなくなり、気道が狭まり、呼吸困難や喘鳴(ぜんめい)、ゼーゼーした呼吸音を生じます。

反回神経は、脳から伸びる迷走神経の枝であり、声帯を動かす働きをしています。
この神経は、脳からダイレクトに喉頭にジョイントするのではなく、肺の内側の縦隔まで下行して走行した後、反回して、長いルートをたどり、最終的に喉頭の声帯に到達して喉頭筋を支配しているのです。

2)症状

交通事故では、プロレスのラリアートのような咽頭部に対する強い打撃、頚椎の脱臼や椎体骨折、頭部外傷、縦隔気腫に合併しています。その他に、気管挿管もしくは抜去するときに、声帯の披裂軟骨を脱臼するなど声帯に損傷を受けることにより、かすれ声=嗄声(かせい)を残すことがありますが、これは、反回神経麻痺ではありません。

本件では、頚椎前方除圧固定術に合併する嗄声=かすれ声を解説しているのですが、オペ中の反回神経の障害や気道圧迫、また、気管挿管の影響を想定しています。
初発症状は、声がれですが、脳幹に近い頭部外傷では、舌咽神経や副神経などの他の脳神経が近くを走行しており、声がれ、飲食でむせる以外に、声が鼻にもれる、飲み込んだときに鼻へ逆流する舌咽神経麻痺の症状、副神経の症状により、肩が痛い、肩が上がりにくいなどを合併します。

検査では、ファイバースコープで、声帯の動きを観察し、診断されています。
原因を特定するには、頚部、胸部のXP、CT、食道造影、上部消化管内視鏡検査などが行われます。
その他に、筋電図や発声時のX線透視検査を行って鑑別されています。
筋電図検査は、麻痺の程度や回復の見込みを判断する上で、極めて有用な検査です。

3)治療

治療ですが、急性期では、ビタミンB12、アデノシン酸などの末梢循環改善剤や消炎鎮痛解熱剤として
ステロイドなどが経口投与されています。麻痺の発症から6カ月を経過しても症状の改善がないときは、機能を改善する目的でオペが実施されており、誤嚥などの症状が強いときには、オペ時期が早められています。

オペには、麻痺した声帯にコラーゲンや脂肪を注入して膨らませる方法と、頚部を切開してシリコン板を挿入するか、声帯を動かす軟骨や筋肉を牽引する方法があります。
コラーゲンや脂肪の注入術では、その後、注入した物質が吸収されることがあり、同じ術式が繰り返されることも予想されます。頚部切開法では、局所麻酔下に発声させながら、声の改善を確認しながらのオペであり、確実性、安定性に優れています。
両側反回神経麻痺による気道狭窄では、気管切開、片側声帯の外方牽引術などが実施されます。

4)後遺障害のポイント

1)反回神経麻痺などで予想される後遺障害は、かすれ声、嗄声(かせい)が代表的です。
事故後、かすれ声を残したときは、耳鼻咽喉科における咽頭ファイバースコープで、他覚的所見を立証しなければなりません。

2)咽頭部への直接的な打撃や気管挿管もしくは抜去するときの声帯の披裂軟骨脱臼では、咽頭ファイバースコープで発見できないことが予想されます。
そんなときは、咽頭ストロボスコープで立証します。

喉頭ストロボスコープ
これは、高速ストロボを利用して声帯振動をスローモーションで観察する装置です。
スローモーションで見ることで、声帯の一部が硬化している、左右の声帯に重さや張りの違いが生じておこる不規則振動を捉え、検査データにより、嗄声を立証しています。
嗄声を立証すれば、12級相当が認定されます。

3)整形外科医が作成した後遺障害診断書で、傷病名が頚部捻挫、自覚症状欄に、右上肢の痛み、重さ感、だるさ感、かすれ声、 画像所見欄に、MRIにて、C5/6右神経根の圧迫を認め、上記の自覚症状と画像所見は一致していると記載されていても、認定されるのは、14級9号がやっとです。

4)「かすれ声は、聞けば分かるから、検査は必要ありません?」 
とんでもない弁護士がいましたが、Giroj調査事務所は、「事故の前から、ハスキーボイスではなかったの?」 そんな姿勢で等級を審査していますから、耳鼻咽喉科における検査で他覚的所見が立証されない限り、絶対に、12級相当が認定されることはありません。
上記以外の立証方法としては、筋電図や発声時のX線透視検査があります。