(1)病態
上肢の外傷に、よく似た傷病名で手根管症候群があります。
これは、上肢を走行する正中神経が、手根管のトンネル部で圧迫、締め付けられたことにより、麻痺したもので、交通事故では、橈骨の遠位端骨折や月状骨の脱臼に合併して発症しています。
足根管症候群も、手根管症候群と同じく、絞扼性神経障害で、後脛骨神経が麻痺する症状です。
脛骨神経は、下腿から足の方へ向って走行、足の内くるぶしの付近で枝分かれをして、足の裏の感覚を支配しています。内くるぶし付近では、足根管というトンネルが存在して、後脛骨神経がその中を通り、交通事故では、脛骨内果・距骨・踵骨の骨折、脱臼に合併して発症しています。
(2)症状
症状は、足指や足底部の痺れ感や疼痛を訴えるのですが、痛みの領域が足首以下に限定され、かかとや足関節、足裏に痛みが生じていること、足の親指の底屈不能、痛くて眠れないほど、夜間に痛みが増強するが、足の甲には痛みやしびれが出現しないのが典型的な症状です。
(3)診断と治療
足根管部に圧痛や放散痛が認められ、皮膚の表面から軽く叩いただけで、極めて激しい痛みが放散するチネルサインも陽性となります。
神経の障害ですから、後脛骨神経が支配している筋肉の筋電図をとると異常が認められます。
治療としては、保存的に、ステロイド剤の局注、鎮痛消炎剤の内服、足底板の装用、安静で改善を見ることもありますが、効果が得られなければ、屈筋支帯を切離し、神経剥離術を実施します。
神経剥離術は、整形外科・スポーツ外来、専門医の領域です。
予後は良好であり、絞扼性神経障害では、後遺障害を残すことは稀な状況です。
(4)後遺障害のポイント
交通事故では、脛骨内果・距骨・踵骨の骨折や脱臼に合併して、このトンネルが圧迫を受け、足根管症候群を発症しています。
したがって、後遺障害は、脛骨、距骨、踵骨の骨折後の変形、疼痛、可動域制限となります。
しかし、足根管症候群は、積極的な治療で、完治を目指します。
軽度な足関節捻挫でも、足根管症候群を発症することがあります。
ほとんどは、保存的な治療で完治しています。
(5)NPOジコイチの経験則
2015年、大阪の40歳男性、会社員は、左足関節両果骨折、左足根管症候群の傷病名で、神経剥離術を受けたのですが、症状が改善しません。
「治療先の医師を、医療過誤で訴えたいが、どうしたらいいか?」こんな相談にやってきました。
症状は、かかとや足関節、足裏の痛みとだるさ感、足の親指の底屈不能でした。
これらの痛みは、夜間に増強し、痛くて眠れないとの訴えです。
神経剥離術の失敗が予想されますが、それは後遺障害を獲得してから検証しましょうと説得しました。
後脛骨神経麻痺は筋電図、骨折後の骨癒合と変形のレベルは3DCTで完璧に立証しました。
結果、左足関節の機能障害で10級11号、左親趾の用廃で12級12号、併合9級が認定されました。
連携弁護士に委任、訴訟基準で保険屋さんと交渉した結果、
後遺障害慰謝料690万円、
逸失利益 672万6900円×0.35×14.643=3447万6000円
後遺障害部分の損害賠償額は、4137万6000円となりました。
(6)医療過誤
医療過誤とは、医師や看護師などの医療関係者が、治療を行うにあたって当然必要とされる注意を怠ったため、患者に損害を与えることです。薬剤の誤投与や衛生管理の不徹底による感染などは、民法・刑法・行政法上の責任を問われることになりますが、立証責任は患者側にあります。
本件の神経剥離術に医療過誤があったとしても、交通事故による挫滅的な損傷であり、神経剥離術が失敗であったとしても、それは不可抗力であって医療過誤ではないと主張されるでしょう。
そして、交通事故医療では、この蓋然性が非常に高いのです。
先の見えない戦いに突入しようものなら、相手損保は、支払責任を免れますから、大喜びです。
私が保険調査員時代、ある被害者が、医療過誤訴訟を立ち上げました。
結論は、手術は失敗ではなく不可抗力であったと思料されるが、医師として、その手術を選択したことに注意義務違反があり、インフォームド・コンセントも十分ではなかったとして、僅かな見舞金の支払が命じられたのみで結審しました。
この被害者は、手術直後から病院内で医療過誤を叫び、治療先からマークされていました。
そして、そのことを損保に報告し、損保から弁護士の紹介を受けて争ったのです。
医療過誤であっても、そんなことで大騒ぎするのではなく、まず、後遺障害を確定させて、損保との損害賠償請求を訴訟基準で完結させるのです。
その後、引き続き弁護士に依頼して、見舞金を請求すればいいのです。