(12)複合性局所疼痛症候群、CRPSを認定した判例

1)名古屋地裁判決 H16-7-28

追突による頚部挫傷後、 RSD となった 26歳女性に対して、
損保の反論
被害者の行動や発言をとらえ、心因性関与の素因減額を主張しました。

⇒これに対して名古屋地裁は、
これらの行動や発言は、事故時から1年半を経過した症状固定時のものであり、
①当時、被害者には左上肢のRSDの症状が継続しており、
②加えて新たに左下肢に疼痛の症状が現れ、増悪している状態であったこと、
③交通事故の被害者の治療が長期化し、補償交渉が進展しないときには、精神的にも不安定な状態に至ることは衆知の事実であること、
④これにRSDの有効な治療法が確立されていないことを併せれば、
被害者のRSDの発症が精神的素因に起因すると認めることはできないとしました。

NPOジコイチのコメント

上記の判例から学習できることは、医師の診断により、RSDが立証されていることがポイントです。
検証した25件の裁判例では、RSDが立証されているものが13件に過ぎません。
12件があやふやな立証で、結果、8件がRSDを否定されています。
したがって、CRPS、特に、RSDは立証の困難な傷病名ですから、高度な専門医を発見し、その専門医に治療と立証をお願いしなければなりません。

裁判では、損保は心因性関与の大合唱で、素因減額を主張します。
CRPS、RSD では、例外なく治療が長期化します。
主治医に疼痛を訴えても、RSDの確定診断ができないレベルであれば、その内、治ると放置され、最後には、手に負えず、面倒となって心療内科や精神科に追いやられます。
心療内科や精神科の医師でRSDを理解しているのは、極端に少数です。
一般的には神経症、不眠症、うつ状態と診断がなされます。
これらを根拠に、被害者の訴えには心因的素因があるとして、大幅な減額が主張されるのです。

損保によっては、RSDの発症は身体的・心因的素因が影響するものであり、RSDとの傷病名であれば、その傷病名が素因減額の対象となるなんて、実に乱暴な主張がなされています。
被害者は漫然治療に終始するのでなく、やはり早期に専門医を発見、治療を続ける必要があります。

本件の裁判では、RSDの発症により、精神的に不安定な状態になったものとして、素因減額を否定しています。あとさきを間違えてはいけませんよと指摘している点で、画期的な判決です。

2)横浜地方裁判所判決H26-4-22  平成23年(ワ)第1980号

H18-11-24、44歳男性会社員が乗用車を運転、前方が渋滞のために停止中、加害者の運転する乗用車の追突を受けたものです。当初、頚部捻挫の診断であったが、H19-3-26、横浜市立大学附属病院整形外科医は、頚椎捻挫以外に、右頚部~上肢にかけてRSD様の症状があると診断しています。
H20-5-12、日大病院 麻酔科で症状固定となり、H20-12-18、Giroj調査事務所は、複合性局所疼痛症候群、CRPSで7級4号を認定しています。

損保の反論
①被害者が、疼痛を理由に右上肢のX線画像撮影やDEXA検査を中断したことは、不自然である?
②不利な画像で実態が明らかになることをおそれ、意識的に撮影させないようにしている?
③後遺障害には、他覚所見が存在せず、後遺障害の残存があるとしても、14級相当である?

弁護士の立証

被害者は、CRPSにより、自賠責保険から7級4号の後遺障害等級が認定されているものの、弁護士は、CRPSで発生する疼痛により、右上肢、右手指、右下肢、右足指のすべてにおいて、関節が自動、他動ともに不可能な状態であり、右上肢、右下肢の用を廃したものとして、それぞれ5級相当と評価し、これらを併合して、併合2級相当と評価すべきとして、2億0862万8974円を求めて横浜地裁に訴訟を提起しました。

⇒裁判所は、本件の治療経過を丹念に精査し、被害者の症状、そして国際疼痛学会、厚生労働省の臨床用判定指標、ギボンズのスコアなど、各診断基準を参考にしつつ、客観的な医学的証拠に基づいて、傷病名を複合性局所疼痛症候群、CRPSであると認定しています。

上・下肢の用廃については、それらを判断するにあたっては、CRPSが発症したかどうかの判定とは別に、用廃状態にあることを推認させる客観的な裏付け、つまり、骨萎縮、関節拘縮、筋萎縮などが立証されなければならない。日大病院麻酔科の主治医は、H20-1-11に撮影された単純XPで軽度の骨萎縮がみられるとの所見を示しているが、損保が提出した医師の意見書では、同XPの骨萎縮所見は否定されており、H20-4-16に撮影された骨シンチグラフィーでは、脱灰の所見が認められておらず、被害者の右手に骨萎縮が生じたと認めることはできない。
さらに、H22-2-22に撮影された四肢単純XPでは、右上肢を撮影することができず、右下肢に骨脱灰の所見は認められておらず、H22-11-22に撮影が試みられたDEXA検査においても撮影ができなかったこともあり、被害者の右上・下肢に骨萎縮を認めるに足りる客観的な証拠は得られていないとして、用廃による併合2級は却下されています。

結果、被害者の損害賠償額は、以下の通り、9459万0777円となりました。

損害の費目 請求額 裁判所の認容額
治療費 309万0287円 303万6267円
通院付添費 118万7339円 0査定
将来の介護料 6097万8563円 1792万9749円
入院雑費 6万円 5万1000円
通院交通費 22万5060円 22万5060円
家屋改造費 119万1000円 0査定
装具・備品購入費 147万4322円 147万4322円
将来の費用 246万4096円 246万6622円
休業損害 2299万4604円 1036万1520円
入通院慰謝料 300万円 200万円
逸失利益 9063万7422円 5221万9956円
後遺障害慰謝料 2400万円 1000万円
既払金 1476万6471円 1476万6471円
弁護士費用 1100万円 850万円
確定遅延損害金 109万2752円 109万2752円
総額 2億0862万8974円 9459万0777円

NPOジコイチのコメント

ほぼ、寝たきり状態で、就労に復帰できておらず、Giroj調査事務所が7級4号を認定している被害者に対して、損保は、他覚所見が存在せず、後遺障害の残存があるとしても、14級相当と言いきっています。よくも、言ってくれたものだと、その非常識さに驚いています。

本件の弁護士が、CRPS 7級4号ではなく、上下肢の用廃で併合2級として損害賠償を求めた気持ちは、痛いほど理解することができます。
つまり、CRPSの7級4号は、介護が必要な重症例では、評価が低過ぎるのです。
せめて、上肢の3大関節の用廃で5級6号とならないかは、私も、いつも考えることです。

ところが、CRPSでは、外傷または神経損傷の後に疼痛が遷延する難治性の病態で、外傷を受けた部位や外傷が通常治癒する期間を超えて疼痛が悪化することを特徴とするところまでは分かっているのですが、その疼痛の発生の機序については、医学的に不明であり、そこに弱味があるのです。

私が担当した7級4号の被害者でも、右肩関節の拘縮で肩関節は脱臼位となっており、上肢の1関節の用廃で8級6号は立証できたのですが、右肘と右手には骨萎縮所見に乏しく、3大関節の用廃で5級7号は諦めたことがあります。

本件でも、用廃は、骨萎縮所見に乏しく否定されましたが、将来の介護費用として、日額3000円、1792万9749円が認定されており、総額9459万0777円の認定は、高く評価できるものです。