1)病態
脊髄が走行している脊柱管のトンネルが狭くなり、脊髄や神経根が圧迫されている病気・疾患を脊柱管狭窄症と言い、狭窄の原因は、先天性の骨形成不全、後天的なものとしては椎間板ヘルニア、分離・すべり症、加齢にともなう椎間板、椎体、椎間関節や椎弓の退行性変性、軟部組織の肥厚によるものであり、そのためか、負担のかかる腰部に多く発症しています。
いずれにしても、交通事故外傷を原因として脊柱管が狭窄することはありません。
2)症状
神経が圧迫されることで、狭窄のある部分の痛みや、下肢の痛み、しびれなどが出現します。
腰部の脊柱管狭窄の特徴的な症状として、歩いたり立ち続けたりしていると、下肢に痛みやしびれが出て歩けなくなり、暫く休むと、症状が無くなるを繰り返す、間欠性跛行があります。
神経根が障害されると、下肢や臀部の痛み、しびれが、馬尾神経では、下肢や臀部にしびれ・だるさ感があり、頻尿などの排尿障害や排便障害をきたすこともあります。
頚部や胸部、腰部におよぶ広範脊柱管狭窄症では、四肢や体幹の痛み、しびれ、筋力低下、四肢の運動障害、間欠性跛行や排尿障害、排便障害をきたすことがあります。
3)治療・検査
確定診断はMRI画像で行われています。
各椎体の後方には、日本人の平均で前後径、約15mmの脊柱管があり、脊髄はこの中を走行していますが、基準として前後径が12mmになり、症状が出現していれば、脊柱管狭窄症と診断されます。
全体の70%は、リリカの内服など、保存的療法で改善が得られています。
投薬による疼痛管理がなされ、温熱や電気による物理・運動リハビリが実施されています。
神経周囲の血流障害で症状が強くなることから、血管を拡張し、血流量を増やす薬剤の投与も実施されています。
脊柱管は腰が反ることで狭くなりやすいため、前屈位の保持を目的に装具を装着することや、運動療法では主に姿勢の改善や腹部の筋力強化、ストレッチなどを行うことで症状を改善させていきます。
保存療法では症状が改善しないとき、症状が急激に進行中のとき、馬尾神経が圧迫され、膀胱・直腸障害の出現で、日常生活に大きな支障をきたすときは、オペ適応となります。
従来の手術では、狭くなった脊柱管を広げることで症状を改善させていきます。
近年、これらのオペでは、専門医が内視鏡や顕微鏡が活用して効果を上げています。
4)後遺障害のポイント
①本当に、腰部脊柱管狭窄症の確定診断がなされているのか
被害者のMRI画像所見は、変形性頚椎症=変形性脊椎症に類似しています。
また、訴える症状は、脊髄の圧迫が主であれば脊髄症を、神経根の圧迫が主であれば神経根症を、さらには、両方の症状を示すこともあり、この点、変形性脊椎症、頚椎症性脊髄症=脊椎症性脊髄症に酷似しているのです。
私は、MRI画像から脊柱管の前後径を計測し、本当に12mm以下であるかを検証しています。
ところが、臨床の現場では、緻密な検証がなされないまま、脊柱管が狭窄気味かな? それなら、脊柱管狭窄症と診断されているものがほとんどなのです。
医学では、変形性脊椎症は、一定の年齢に達すれば誰にでも認められるもので、特徴であって、疾患、つまり病気ではないと断言しており、さらに、東京・名古屋・大阪の3地方裁判所は、年齢相応の変性は、素因減額の対象にしないと合議しているのです。
医師と裁判官が言い切っていても、相手損保は、脊柱管狭窄症の傷病名を確認すると、事故によるものではないと断定し、任意一括対応を中止としているのです。
つまり、加害者の不注意よりも、被害者の年齢変性が悪いとしているのです。
事故前に症状がなく、通常の日常生活をしており、頚椎症で通院歴がなければ、事故後の症状は、事故受傷を契機として発症したと考えればいいのです。
したがって、本当に脊柱管狭窄症なのか? これを疑って掛からなければなりません。
②そうは言っても、脊柱管狭窄症が交通事故を原因として発症するものではありません。
事故前に症状があって、本当の脊柱管狭窄症と診断され、通院歴のある被害者は、一定の素因減額を覚悟しなければなりません。
やや古い判例ですが、H11-2-17-日、大津地裁判決は、59歳の男性に対して、事故自体は比較的軽微であるも、腰部脊柱管狭窄症、心因的要因などを理由に請求額の50%を損害として認めています。
③認定される等級について
脊柱の固定術等が実施されたときは、脊柱の変形等で11級7号が認定されます。
脊柱の可動域が、2分の1以下に制限されていれば、8級2号が認定されています。
保存療法にとどまるものの多くは、12級13号の認定ですが、四国の愛媛県で、脊髄症状として7級4号を認めたものを経験しています。
④もう1つの注意点です。
受傷直後は、頚部捻挫の傷病名で、長期の治療が継続され、最終的に脊柱管狭窄症や後縦靭帯骨化症、頚腰部椎間板ヘルニア等の傷病名で、脊柱管拡大形成術に至ったものについては、Giroj調査事務所は、すべての治療先に症状照会を行い、自覚症状や他覚的所見などから、事故との因果関係を否認して等級を認定しないものが増えています。
症状照会の用紙のタイトルは、以下の2種類です。
「神経学的所見の推移について」
「頚椎捻挫・腰椎捻挫の症状の推移について」
当事務所では、後遺障害診断の段階で、これらの用紙を提出し、記載の上、カルテに挟み込んで、いずれ実施される症状照会に備えています。
5)難病の指定
厚生労働省は、広範脊柱管狭窄症を公費対象の難病と指定おり、以下の条件を満たせば、治療費は国庫負担されています。
①頚椎、胸椎または腰椎のうち、いずれか2つ以上の部位において脊柱管狭小化を認めるもの。
ただし、頚胸椎または胸腰椎移行部のいずれか1カ所のみに狭小化を認めるものは除く。
②脊柱管狭小化の程度は画像上、脊柱管狭小化を認め、脊髄、馬尾または神経根を明らかに圧迫する所見があるものとする。
③画像上の脊柱管狭小化と症状との間に因果関係の認められるもの。
④鑑別診断で、以下の傷病名は排除されています。
神経学的障害を伴わない変形性脊椎症、椎間板ヘルニア、脊椎脊髄腫瘍、
神経学的障害を伴わない脊椎すべり症、腹部大動脈瘤、閉塞性動脈硬化症、
末梢神経障害、運動ニューロン疾患、脊髄小脳変性症、発性神経炎、
脳血管障害、筋疾患、後縦靭帯骨化症 、黄色靭帯骨化症
※後縦靭帯骨化が症状の原因であるものは、後縦靭帯骨化症として申請すること、
※本症の治療研究対象は頸椎と胸椎、または頚椎と腰椎、または胸椎と腰椎のいずれかの組み合わせで脊柱管狭窄のあるものとする。
⑤運動機能障害は、日本整形外科学会頚部脊椎症性脊髄症治療成績判定基準の上肢運動機能Ⅰと下肢運動機能Ⅱで評価・認定されており、頸髄症では、上肢運動機能Ⅰ、下肢運動機能Ⅱのいずれかが2以下、ただしⅠ、Ⅱの合計点が7でも手術治療を行うときは認められています。
胸髄症・腰髄症では、下肢運動機能Ⅱの評価項目が2以下、ただし、3でも手術治療を行うときは認められています。
上肢運動機能Ⅰ | |
0 | 箸またはスプーンのいずれを用いても自力では食事をすることができない、 |
1 | スプーンを用いて自力で食事ができるが、箸ではできない、 |
2 | 不自由ではあるが、箸を用いて食事ができる、 |
3 | 箸を用いて日常食事をしているが、ぎこちない、 |
4 | 正常 |
※利き手でない側については、紐結び、ボタン掛けなどを参考とする、
※スプーンは市販品であり、固定用バンド、特殊なグリップなどを使用しない、
下肢運動機能Ⅱ | |
0 | 歩行できない、 |
1 | 平地でも杖または支持を必要とする、 |
2 | 平地では杖又は支持を必要としないが、階段ではこれらを要する、 |
3 | 平地・階段ともに杖又は支持を必要としないが、ぎこちない、 |
4 | 正常 |
※平地とは、室内または、よく舗装された平坦な道路、
※支持とは、人による介助、手すり、つかまり歩行の支え、
症状の程度が上記の重症度分類などで、一定以上に該当しないが、高額な医療を継続することが必要なときは、医療費助成の対象とされています。
これ以上の詳細や手続は、厚生労働省のホームページ、指定難病をチェックしてください。
http://www.nanbyou.or.jp/entry/98
6)注目すべきコホート研究
世界最大規模のコホート研究※であるThe Wakayama Spine Studyを解説しておきます。
和歌山県立医科大学の吉田 宗人主任教授は、一般地域住民を対象に全脊柱レベルでMRIを撮像し変性椎間板の分布や有病率などについて調べ、Osteoarthritis and Cartilage誌2014年1月号に掲載しています。The Wakayama Spine Studyに参加した一般住民は、21~97歳の1009名で、男性は335名、平均年齢は67.2歳、女性は674名、平均年齢は66.6歳です。
※コホート研究
cohort studyとは、分析疫学における手法の1つで、特定の要因に曝露した集団と曝露していない集団を一定期間追跡し、研究対象となる疾病の発生率を比較することで、要因と疾病発生の関連を調べる観察的研究です。
MRIで、中等度以上の脊柱管狭窄は地域住民全体の76.5%に認められたのですが、MRIの脊柱管狭窄と症状の2つを有する症候性脊柱管狭窄症は、地域住民全体の9.3%に過ぎません。
つまり、80%近くの地域住民は、MRIで中等度以上の脊柱管狭窄を有しているものの、そのほとんどは、無症状の脊柱管狭窄症であったのです。
症状を伴う脊柱管狭窄症は、脊柱管狭窄を有する住民の12.22%に過ぎないのです。
損保は、脊柱管狭窄症は外傷性の傷病名ではなく、年齢変性そのものであって、本件事故との因果関係を認めることはできませんと言い切り、治療費の支払いさえ拒否しているのですが、症状がなく、通院歴もない脊柱管狭窄であれば、疾患と言えない普通の状態であるので、受傷前から腰部脊柱管狭窄が存在していたとしても、交通事故後に発症した症状であれば、交通外傷とは直接関係がないとは言い切れないという結論になります。
事故前に症状はなく、整形外科などの通院歴もないのに、損保から脊柱管狭窄症による素因減額を指摘されたときは、被害者は諦めることなく、コホート研究の論文を示して反論しなければなりません。
①放射線科の専門医に、MRI画像の分析を依頼します。
②主治医からは、やや狭窄気味ではあるが、脊柱管狭窄症ではないとの診断書を取りつけます。
③事故前に症状はなく、整形外科などの通院歴もないことを伝え、コホート研究の論文を添付して、素因減額の対象となる脊柱管狭窄症ではなく、誰にでも認められる年齢変性であると主張するのです。
この意味で、The Wakayama Spine Studyは、被害者にとって、覚えておくべき貴重な論文です。
7)脊椎管狭窄症に関する裁判例の検証
2009年 赤本下巻の講演録において、鈴木祐治 裁判官は、「仮に、本件事故時において、原告に脊椎管狭窄症が再発していたとしても、脊椎管狭窄症は、観血的処置を要するものや事故前から通院治療していたものでなければ、経年性の変化として素因減額の対象である疾患には該当しないとするのが下級審裁判例の一般的な傾向である。」 と述べておられます。
脊椎管狭窄症の素因減額を否定した最近の下級審裁判例を検証しておきます。
①大阪地裁H13-6-28判決 自保ジャーナル第1431号
②名古屋地裁H18-12-15判決 自保ジャーナル第1712号
仮に、本件事故時、原告に脊椎管狭窄症が再発していたとしても、本件事故後、原告は観血的処置を受けたこともなければ、その必要性を示唆されたこともないのであるから、やはり素因減額の対象とはならない。
③大阪地裁H13-6-25判決 自保ジャーナル 第1431号
本件事故は、原告が自転車を運転中、時速約50kmで走行してきた被告車両とほぼ正面から衝突し、衝突地点から約20m離れた路上に転倒するという、それ自体相当激しい衝撃を人体におよぼすことが予想されるものであり、そして、原告に脊柱管狭窄が認められたのは本件事故直後のことであり、原告が本件事故前から脊柱管狭窄症の症状を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
④京都地裁H14-11-7判決 自保ジャーナル 第1484号
原告の骨性脊柱管の直径は実測約12.5mmであって、日本人の平均値よりも狭く、骨性脊柱管狭窄と評価される程度に至っており、平均的な日本人と比較すると、脊髄への圧迫を生じやすく、かつ、その程度も高度になりやすい状態であったところ、その原告の骨性脊柱管狭窄が疾患に当たるものであると認めるに足りる証拠はない。
本件事故による原告の受傷の重篤さあるいは本件事故による外力の大きさにかんがみると、仮に原告の骨性脊柱管の直径が平均人と同程度のものであったとしても、原告に頚髄不全麻痺の後遺障害が残存した可能性は大きかったものとみるのが相当である。
⑤東京地裁H17-1-17判決 自保ジャーナル 第1601号
原告には、既存障害として頚部脊椎症や頚部椎間板症が存在し、その影響は20~30%であるとの記載があり、いわゆる無症状であるが、成長性脊柱管狭窄があったとの見解もある。
しかし、そのレベルが、通常の加齢による骨の変性・個体差の範囲以上のものであることを認めるに足りる証拠はなく、それがどの程度、頚髄損傷の発症および損害の拡大に寄与したかは不明というほかない。本件において、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するとはいえない。
⑥名古屋地裁H18-12-15判決 自保ジャーナル 第1712号
脊柱管狭窄状況は明瞭で脊髄の変形も認められているので、決して軽微なものではないが、いつ発症してもおかしくないほど高度なものではない。
大きな外傷さえなければ無症状のまま経過した可能性も十分に考えられる状況と言えるので、中程度の脊柱管狭窄状況があったと判断できる。
上記のような骨変成は、加齢性変化による体質的素因であって、病的素因というべきものではなく、しかも、被害者の上記骨変性が加齢性変化についての個人差の幅を超えて通常生じ得ないほどのものであると言うことはできない。
先に解説した後縦靱帯骨化症、OPLLも脊柱管が狭窄することで重度な脊髄症状が発症していましたが、OPLL以外での脊柱管狭窄症では、素因減額を大合唱するのは相手側の損保だけであり、裁判では、ほとんどが否定されています。
やはり、コホート研究の論文が影響しているものと考えています。