(37)腓骨神経麻痺(ひこつしんけいまひ)


○印は、腓骨神経断裂の好発部位です。

(1)病態

長時間の正座で、足が痺れて立つことも歩くこともできなくなることがありますが、これは、一過性の腓骨神経麻痺です。腓骨神経は、坐骨神経から腓骨神経と脛骨神経に分岐しています。
腓骨神経は、膝の外側を通り、腓骨の側面を下降して、足関節を通り、足指に達します。
腓骨神経は、最も外傷を受けやすい神経で、膝窩部周辺や足関節の外傷で断裂することがあり、大腿骨顆部や脛骨顆部、足関節果部の粉砕骨折では、要注意です。

(2)症状

腓骨神経麻痺では、足関節の背屈や足関節は自動運動が不能で、下垂足となり、あひる歩行=鶏歩、また、外反運動が不能になり内反尖足を示し、足背の痛みを訴えます。
腓骨神経の完全断裂では、足趾の自動運動も不能となります。

※あひる歩行
鶏歩とは、下垂足なので、足を高く持ち上げ、つま先から投げ出すように歩くことです。

内反尖足
内反尖足

具体的には、足指と足首が下に垂れた状態ですので、靴下がうまく履けません。
同じことは靴を履くときにも見られます。その都度座って、片手で足を支えてやらないと、靴下も靴もうまく履くことができないのです。車の運転も、右足でアクセルやブレーキを踏むことはできません。
スリッパやサンダルは歩いているうちに脱げてしまいます。
走行・正座・和式トイレの使用は当然に不可、右下腿をしっかり保持できませんので、常時、杖や片松葉の使用が必要となります。

(3)診断と治療

腓骨神経麻痺は、MRI、針筋電図検査、神経伝達速度検査などで確定診断がなされています。
麻痺が、神経の圧迫、絞扼性神経障害であるときは、圧迫の回避で局所の安静をはかり、ビタミン12の内服、運動療法などの保存療法が行われます。

断裂の治療として、日本整形外科学会のホームページでは、神経損傷のあるものは、神経縫合術、神経移植術が行われ、神経の手術で回復の望みの少ないものは腱移行術が実施されるとありますが、坐骨神経、脛骨神経、腓骨神経となると、医学論文では、ラットで実験されている段階であり、現状で、完全断裂は、治療の施しようがない状況です。
ただし、下垂足のままだと、歩くことも困難で日常生活を送るのにも非常に不便ですから、ADLを改善する目的で、足関節を固定する、距踵関節固定術が行われています。

(4)後遺障害のポイント

1)腓骨神経麻痺の経験は、1999年5月から1年間、治療先に複数回、同行して学習を続けました。
①好発部位が、膝の外側周辺と、足関節の周辺であること、
②骨折がなくても、強い打撲で発症する可能性のあること、
②腓骨神経断裂では、自力で足首や足趾を曲げることができなくなること、
③足関節は、drop foot、下垂足の状態となること、

下垂足

④後遺障害の立証方法など、
これらを経験則としてマスターしたことから、傷病名に腓骨神経麻痺がなくても、受傷機転から、腓骨神経麻痺を疑うことができるようになり、結果、この19年で80例を超える経験則を積み上げたのです。

2)腓骨神経麻痺は、正座したときの足の痺れのようなものと理解している整形外科医が多いのです。
これは、症例数が少ないので、やむを得ないことです。
したがって、骨折、脱臼に合併している腓骨神経麻痺は別としても、骨折のない神経麻痺では、受傷から2カ月以内に、神経伝達速度検査を受けて、立証していく必要があります。
時期を失すると、Giroj調査事務所が、本件事故との因果関係を疑い、立証が困難となるのです。

3)NPOジコイチでは、原則として、受傷後6ヵ月で症状固定を選択しています。
腓骨神経の圧迫や絞扼性のものは、その因子を除去してやれば、改善が果たせますが、腓骨神経の断裂は不可逆性で、改善は期待できません。
最近の医学論文では、腓骨神経の縫合術が紹介されていますが、ラットで実験している段階ともいわれており、私が担当する被害者で、この手術が実施されたことはありません。

さて、膝下部の腓骨神経麻痺では、①膝窩部と②腓骨頭下の2つのポイントで電気を流して、足先にある短趾伸筋を収縮させます。それぞれのポイントから、どれだけのスピードで刺激が伝わってくるか、また刺激が伝わるまでどれぐらいの時間がかかるのかを調べます。
麻痺のレベルは、健側と患側を比較して判別されています。

神経伝達速度検査を測定するポイント
神経伝達速度検査を測定するポイント

前脛骨筋・長母趾伸筋・長趾伸筋・腓骨筋・長母趾屈筋・長趾屈筋の左右の徒手筋力テストを受け、数値を診断書に記載することを依頼します。

足関節と足指の背底屈ですが、他動値は正常ですが、自動値ではピクリとも動きません。
Giroj調査事務所は、関節の機能障害については、医師が手を添えて計測する他動値を基準にして後遺障害等級を認定しており、本件は、他動値では正常を示すことから、神経麻痺のため自動値で計測を行ったと、後遺障害診断書に記載を依頼しなければなりません。

ここまで立証して、やっと7級相当となるのです。
いずれも簡単なことですが、被害者が指摘しない限り、主治医が気付くことは、ほとんどありません。
上記のポイントを押さえないと、足指の用廃で9級15号が認められるのも容易ではありません。

4)本当の、坐骨・脛骨神経断裂による神経麻痺は、この19年間、1回も経験していません。
いずれ遭遇すると予想していますが、それ以前に、膝窩動脈損傷でアンプタ、切断されている可能性が高いとも考えています。
しかし、腓骨神経麻痺は、多くの経験則を有しているのです。
NPOジコイチは、下腿の神経麻痺は、腓骨神経麻痺を想定するところからスタートしています。

(5)NPOジコイチの経験則

1998年1月、24歳会社員の女性ですが、友人の車に同乗中、交差点で出合い頭衝突し、右膝外側部をダッシュボードで打ちつけるダッシュボード・インジュリーで右腓骨神経麻痺を発症しました。
右下腿骨に脱臼や骨折はなく、腓骨々頭部の強い打撲で、腓骨頭の後ろから前へ回り込むように走行している総腓骨神経が断裂した珍しい例でした。
その後、彼女は2年間、リハビリを続けましたが、改善は得られず、症状固定となりました。
これが、腓骨神経麻痺の初めての経験でした。
MRI、針筋電図検査、神経伝達速度検査で、腓骨神経麻痺の断裂を立証し、日常・仕事上の支障は、陳述書にまとめ、自賠責保険にたいして、被害者請求を行いました。
結果が出るまでに5カ月が掛かりましたが、右足関節の用廃で8級7号、足指の用廃で9級15号、併合7級が認定されました。

陳述書の作成で多くのことを学習しました。
彼女にとって、深刻であったのは、片松葉で歩行することよりも、右下腿部の疼痛と筋拘縮でした。

右下腿部は常に痺れたような重だるい疼痛が持続し、この痛みと腓骨神経麻痺による血流障害の影響で、右下腿全体の筋肉が拘縮し、萎縮が進行していたのです。
このまま放置すれば、右下腿は廃用性萎縮、つまり右脚が痩せ細り、スカートがはけなくなります。
これを防止するため、彼女は、下腿部のマッサージを中心としたリハビリ治療を受けていました。

このリハビリ治療は、生涯、欠かすことができないのです。
このことも医師の診断書を添えて弁護士に伝え、将来の治療費の請求をお願いしておきました。