(4)股関節後方脱臼・骨折(こかんせつこうほうだっきゅう・こっせつ)

(1)病態

乗車中の交通事故で、膝がダッシュボードに打ちつけられ、発症することが多く、dashboard injuryと呼ばれています。

股関節後方脱臼・骨折

運転席や助手席で膝を曲げた状態のまま、ダッシュボードに膝を打ちつけ、大腿骨が関節包を突き破り後方に押し上げられて発症します。

股関節後方脱臼・骨折

股関節脱臼に伴い、寛骨臼=大腿骨頭が収まっている部分の骨折も、多く見られます。
全体の70%は、後方脱臼となっています。

(2)症状

鼠径部の激痛、腫れ、股関節の異常可動性、内側に異常に曲がる状態となり、後方に大腿骨が押し上げられ、大腿骨は、短縮化しています。

(3)治療

単純XP撮影で、大腿骨頭が、寛骨臼から外れているのが確認できます。

股関節後方脱臼

後方脱臼では、麻酔下で、外れた大腿骨頭を寛骨臼にはめ込みます。

脱臼に骨折を合併しているときは、スクリューにより、骨折している寛骨臼が固定されます。
骨折を合併しているときは、骨折片が坐骨神経を圧迫し、坐骨神経麻痺を引き起こすことがあります。

大腿骨頭は、3本の血管により栄養を送り込まれていますが、脱臼によりこの血管を損傷すると大腿骨頭に栄養や酸素が供給されなくなり、大腿骨頭が壊死に至ります。
股関節脱臼を24時間以内に整復しないと、この大腿骨頭壊死が高率で発生するといわれています。

大腿骨頭壊死となれば、大腿骨頭部を切断しそこに人工骨頭を埋め込むことになります。
これを大腿骨頭置換術と呼びます。
寛骨臼蓋の損傷の大きいものは、骨頭だけに止まらず、人工関節の埋め込みとなります。

人工関節埋め込み術
人工関節埋め込み術

これを防止するには、いかに早く整復固定をするかにかかっているのです。
骨折を伴わないときは、受傷から12時間以内、骨折のあるものでも24時間以内に整復を実施すれば予後は良好と言われています。

股関節の後方脱臼・骨折は数多く経験していますが、人工骨頭や人工関節の置換に至ったものは、少数です。

(4)後遺障害のポイント

1)股関節の後遺障害の対象は、①股関節の機能障害と痛み、②下肢の短縮、③大腿骨頭壊死に伴う人工骨頭もしくは人工関節置換の3つです。

2)経験則では、受傷後6カ月で症状固定とし、股関節の機能障害で12級7号が認められています。
寛骨臼蓋の骨折を合併するときは、12級7号以上の可能性があります。
骨折しているときは、骨折の形状、術式、その後の骨癒合がどうなっているかを、3DCTやMRIで丁寧に立証しなければなりません。
漫然リハビリ治療を7、8カ月も続けると、障害を残しているのに、可動域が4分の3を僅かに上回り、機能障害としての後遺障害が非該当になります。この点、気をつけなければなりません。

等級 主要運動 参考運動
膝屈曲 伸展 外転 内転 合計 外旋 内旋
正常値 125 15 45 20 205 45 45
8級7号 15 5 5 5 30
10級11号 65 10 25 10 75・35 25 25
12級7号 95 15 35 15 110・50 35 35

上記は、日本整形外科学会の公表している参考可動域角度を参考にして、比較・検証しやすくする目的で作成したNPOジコイチのオリジナルです。
実際は、被害者の股関節の健側と患側を計測し、医師が手を添える他動値の比較で、等級が認定されています。

3)術後、主治医の説明する、大腿骨頭壊死の可能性は、最悪を想定しての、予防的な説明がほとんどですから、あまり過剰に心配することもありません。

4)人工骨頭に置換されたとき、この骨頭の耐久性が10年と説明されることがありますが、これも気にすることはありません。事故後の極端な肥満が克服できないで、再置換術になったケースを1例だけ経験していますが、これは、被害者側に問題があって、再置換術となった極端な例です。

人工関節の材質は、ポリエチレンから超高分子量ポリエチレン、骨頭については、セラミックが普及し、通常の生活であれば、耐久性も20年以上とされています。
認定基準は改訂され、人工骨頭、人工関節を挿入置換しても、大多数は10級10号となります。

等級 人工骨頭・人工関節の置換 自賠責 喪失率
8 6:人工骨頭、人工関節を置換し、かつ、当該関節の可動域角度が健側の2分の1以下に制限されたもの、 819 45
10 10:人工骨頭、人工関節を挿入置換したもの 461 27

5)骨盤骨の変形に伴い、下肢の短縮が認められるときは、いずれか上位の等級が認定されます。
本件では、実際に、大腿骨や下腿骨が短縮しているのではありません。

等級 下肢の短縮障害 自賠責 喪失率
8 5:1下肢を5cm以上短縮したもの 819 45
10 8:1下肢を3cm以上短縮したもの 461 27
13 8:1下肢を1cm以上短縮したもの 139 9

骨盤骨の変形は、12級5号ですが、歪みによる下肢の短縮が3cm以上であれば10級8号です。
このときは、10級8号の認定となります。

骨盤骨の高度変形により、股関節に運動障害が生じたとき、これらの等級は併合されます。