(1)病態
眼球には、角膜と水晶体の2つのレンズがあります。
いずれも無色透明の組織で、角膜は、形が変わらない固定レンズ、水晶体は、見るものの距離に応じて厚みが変わる可変レンズの役目を果たしています。
外界からの光は、角膜で70%程度の屈折を完了し、残りの30%は水晶体で行っています。
水晶体自体では、厚みを変化させることはできず、このレンズに、周りから力を加えているのが毛様体とチン小帯=毛様小体です。
近くのモノを見るときは、毛様体筋に力が入り、水晶体は大きく膨らみます。
毛様体と水晶体の間が狭くなり、毛様体につながっている細い筋肉線維=チン小帯は緩むのです。
目の屈折力は強くなり、近くのものに焦点を合わせることができます。
反対に、遠くのものを見るときは、毛様体の力が抜けます。
毛様体が小さくなると、これに付着しているチン小帯の周囲が引っ張られることになり、水晶体は薄くなり、遠くのものがハッキリと見えることになります。
参考までに、虹彩は、明暗調節を行う筋肉です。
(2)症状・治療
外傷性水晶体脱臼では、ほとんどで水晶体が摘出されています。
摘出しても、目が見えるの、ドキッとする傷病名ですが、水晶体脱臼の外傷や、白内障では、水晶体の摘出は珍しいことではなく、摘出した状態を無水晶体眼と呼びます。
水晶体は眼の中では可変レンズの役目を果たしていると解説しましたが、レンズがなくなると、30%程度の屈折力が不足することになり、それを補う眼鏡、コンタクトレンズを装用しなければなりません。
眼鏡では、かなり度の強い凸レンズが必要となり、片眼だけの無水晶体症では、不同視を発症するところから、コンタクトレンズによる矯正が行われています。
通常は、水晶体を摘出後に、眼内レンズ=人工水晶体を挿入しており、このときは眼鏡、コンタクトの装用は必要なくなります。
メガネ、コンタクトレンズ、眼内レンズには、調節力がなく、老眼の進行した状況でピントのあう距離が狭まることになり、若くても老眼鏡を併用しなければならなくなります。
(3)後遺障害のポイント
1)複視
視力に大きな低下がなく、軽度の水晶体亜脱臼であっても、複視の後遺障害を残すことが予想されます。複視には、正面視と左右上下の複視の2種類があるのですが、検査には、ヘスコオルジメーターを使用し、複像表のパターンで判断します。
正面視の複視は、両眼で見ると高度の頭痛や眩暈が生じるので、日常生活や業務に著しい支障を来すものとして10級2号の認定がなされています。
左右上下の複視は、正面視の複視ほどの大きな支障はありませんが、軽度の頭痛や眼精疲労は認められるので、13級2号が認定されています。
複視の後遺障害は、動眼神経麻痺、ホルネル症候群、外転神経麻痺、滑車神経麻痺において、詳細な解説をしています。参考にしてください。
2)水晶体の摘出による調節力の喪失
水晶体を摘出すると、ピントが合わなくなり、ぼんやりとしか見えない状態になります。
オペ後は、メガネを装用するのですが、強い遠視のレンズで分が厚く、このメガネをかけるとモノが歪み、大きく見える、拡大率が20~35%で、周辺部がぼやけて見えるのです。
片目の水晶体脱臼では、メガネによる矯正は不可能であり、コンタクトレンズを使用します。
メガネに比較すると、歪みが消失、鮮明度は向上し、拡大率は2~12%ですが、コンタクトレンズに慣れない人には難しさがあります。
これらに対して、眼内レンズは、もっとも自然に近く、ほとんどは、眼内レンズの適用となります。
しかし、メガネ、コンタクトレンズ、眼内レンズであっても、調節力は存在しません。
このため、遠方にピントを合わせる眼内レンズでは、手元用のメガネ、老眼鏡が必要となります。
眼の調節機能は、水晶体が担当しています。
水晶体は、近くのモノを見るときは膨張、遠くのモノを見るときは縮小して、奥の網膜に像を結びます。
カメラに置き換えれば、水晶体は、ピント合わせの働きをしているのです。
調節力は、ジオプトリ(D)の単位で表します。
検査にはアコモドポリレコーダーが調節機能測定装置として使用され、調節力が2分の1以下となったものが後遺障害の対象となります。
アコモドポリレコーダー
※年齢ごとの調節力
年齢 | 調節力 | 年齢 | 調節力 |
15 | 9.7 | 45 | 3.1 |
20 | 9.0 | 50 | 2.2 |
25 | 7.6 | 55 | 1.5 |
30 | 6.3 | 60 | 1.35 |
35 | 5.3 | 65 | 1.3 |
40 | 4.4 |
調節力の1.5Dは、実質的な調節機能を失っていることであり、被害者の年令が55歳以上では、調整力障害は等級認定の対象になりません。
老眼鏡が必要な年齢になれば、「あ~ぁ、とうとう俺の調節力は失われたのか?」 と悟ることです。
調節機能障害は、アコモドポリレコーダーを使用し、少なくとも 3 回以上の検査を重ね、その結果がほぼ一定で、正常な人の2分の1以下であれば、著しい調節機能障害で、単眼で12級1号、両眼で11級1号が認定されます。
1 眼に調節力障害を残す30歳の被害者では?
1 眼の近点距離が 35cm 、遠点距離が∞であったときは、
近点の屈折力は、100÷35cm=2.85D
遠点の屈折率は、100÷∞=0D
調節力は、 2.85D-0D=2.85D となり、
30歳の調節力、6.3D の2分の1以下となり、12級1号が認定されます。
こんな計算式を覚える必要はありません。
交通事故による1眼の受傷では、他眼との比較で調節力を、両眼の受傷では、上記の年齢別調節力値により判断します。
等級 | 内容 | 自賠責 | 喪失率 |
11 | 1:両眼の眼球に著しい調節機能障害または運動障害を残すもの | 331 | 20 |
12 | 1:1眼の眼球に著しい調節機能障害または運動障害を残すもの | 224 | 14 |
3)視力の低下
視力は、万国式試視力表で検査します。
等級表で説明する視力とは、裸眼視力ではなく、矯正視力のことです。
矯正視力とは、眼鏡、コンタクトレンズ、眼内レンズ等の装用で得られた視力のことです。
ただし、角膜損傷等により眼鏡による矯正が不可能で、コンタクトレンズに限り矯正ができるときは、裸眼視力で後遺障害等級が認定されています。
眼の直接の外傷による視力障害は、前眼部・中間透光体・眼底部の検査で立証します。
前眼部と中間透光体の異常は、細隙灯顕微鏡検査で調べます。
眼底部の異常は、眼底カメラで検査します。
視力検査は先ず、オートレフで裸眼の正確な状態を検査します。
例えば水晶体に外傷性の異常があれば、エラーで表示されるのです。
その後、万国式試視力検査で裸眼視力と矯正視力を計測します。
前眼部・中間透光体・眼底部に器質的損傷が認められる場合、つまり、眼の直接の外傷は、先の検査結果を添付すれば後遺障害診断は完了します。
失明や視力障害の立証は、眼球破裂、視神経管骨折、角膜穿孔外傷、外傷性黄斑円孔、続発性緑内障、眼底出血 網膜出血・脈絡膜出血の傷病名でも詳細を解説しています。参考にしてください。