(36)正中神経麻痺(せいちゅうしんけいまひ)

正中神経麻痺

(1)病態

上肢には、腕神経叢から、正中神経、橈骨神経、尺骨神経という3本の末梢神経が走行しています。
中でも、正中神経は、手にとって最も重要な神経といわれています。
正中神経は、親指から環指の親指側2分の1までの掌側の感覚を支配し、前腕部では前腕の回内や手関節の屈曲、手指の屈曲、さらに、親指の付け根の筋肉=母指球筋などを支配しています。
したがって、正中神経損傷は、鋭敏な感覚と巧緻性を失うことになり、致命的なダメージになります。

手指の神経支配領域

交通事故では、上腕骨顆上骨折で正中神経麻痺を、橈・尺骨の骨幹部骨折では、前骨間神経麻痺を、手関節の脱臼・骨折、手掌部の開放創では、手根管症候群を発症しています。
同じ正中神経麻痺であっても、損傷を受けた部位で傷病名が変わるのです。

(2)症状

正中神経は前腕屈筋群と母指球を支配していますので、上腕骨顆上部でこの神経が麻痺すると、やがて、手は猿手=ape hand状に変形をきたします。

正中神経麻痺

前骨間神経麻痺では、母指球、親指の付け根のふくらみの萎縮が発生し、そのため見た目が猿の手のように見え、物がつかめなくなります。
母指球が萎縮するので、親指と人差し指でOKサインをしても親指と手の掌が同一平面になり、○ではなく、涙のしずくに似た形となりますが、感覚の傷害はありません。
これは、涙のしずくサインといわれています。

正中神経麻痺の症状
涙のしずくサイン

親指、人差し指、中指の屈曲障害が生じ、祈るように指を組んでも、人差し指と中指が曲がりません。
前腕回内運動が不能となり、肘を直角に曲げた状態で肘と前腕を固定し、手の掌を裏向きに返すことができなくなります。
回内筋近位端部で正中神経が絞扼されているときは、前腕屈側近位部に疼痛が出現します。
前骨間部の神経麻痺は親指、人差し指、中指の末節の屈曲障害、知覚鈍麻、神経痛性筋萎縮症を発症します。
手根管症候群では、小指以外の指先にジンジンするしびれを感じ、特に中指に顕著に現れます。
また、正中神経は筋肉を動かす命令を出しているため、麻痺が進行すると、モノをつかむこと、つまむこと、親指と他の指を向かい合わせにする対立運動が困難となり、母指球筋の萎縮が見られます。

(3)検査と治療

上記症状を参考にし、チネルサインなどのテストに加え、誘発筋電図も立証に有効な検査です。
チネルサインとは、神経障害のある部位を叩打すると、その部位より末梢に放散痛が現れることです。

保存療法で改善しないとき、母指球の筋萎縮が進行しているときは、神経剥離、神経縫合、神経移植などの手術が行われています。
剥離、縫合、移植術で回復が期待できないときは、腱移行手術が行われています。
術後は3週間程度のギプス固定を実施し、手首の安静を保ちます。
最近では、関節鏡下に手術が実施されており、治療期間も短くなっています。

手根管症候群の症状に親指、人差し指、中指腹の知覚異常を解説していますが、親指と人差し指の知覚は、生活の上で重要な働きが認められ、これをカバーするために、小指の神経と皮膚を親指に移植、神経血管柄付き島状皮膚移植がなされることもあります。

(4)前骨間神経麻痺・手根管症候群・正中神経麻痺における後遺障害のポイント

1)繰り返しますが、正中神経は、手の鋭敏な感覚と巧緻性をコントロールしています。
正中神経は、親指、人差し指と環指母指側1/2までの、手のひら側の感覚を支配し、前腕部では前腕の回内や手関節、手指の屈曲、そして母指球筋を支配しています。

肘の少し上で正中神経と分かれる前骨間神経は、親指の第1関節の屈曲と人差し指の第1関節の屈曲をする筋肉などを支配しているのですが、皮膚の感覚には影響力がありません。

2)正中神経が、肘の部分で切断・挫滅すると、母指球筋=親指の付け根の筋肉が萎縮し、手は猿手変形を示し、細かな手作業はできなくなります。
手関節と小指を除く4指の屈曲ができなくなり、前腕の回内運動も不能となります。
重度では、手関節や手指に強烈なしびれ、疼痛を発症します。
手関節の機能障害で10級10号、4の手指の用廃で8級4号、併合7級の認定となります。

3)正中神経が、手関節周辺で切断・挫滅すると、母指球筋が萎縮、手は猿手変形を示し、細かな手作業ができなくなります。小指を除く4指の屈曲ができなくなり、痺れ、知覚障害、疼痛を発症します。
親指の対立運動=OKサインもできなくなります。
結果、4の手指の用廃で8級4号が認定されることになります。

3)尺骨神経麻痺は、絞扼・圧迫された部位により、肘部管症候群、ギヨン管症候群と診断されていたのですが、正中神経麻痺も、それと同じで、絞扼・圧迫された部位により、前骨間神経麻痺、手根管症候群と診断されています。ややこしいのですが、医学の決まりなので覚えておかなければなりません。

4)これまで、NPOジコイチが注目してきたのは、正中神経の切断や挫滅でした。
なぜなら、完全な神経麻痺であり、マイクロサージャリーでも、完全治癒が期待できないからです。
ところが、現実では、前骨間部や手根管部で絞扼・圧迫を受けての神経麻痺が大多数なのです。
であれば、事故後の早期に、絞扼・圧迫を開放術で排除してやれば、改善が得られるはずです。

5)ところが、医療の現場では、正中神経麻痺、前骨間神経麻痺、手根管症候群と診断されていることが稀であり、上腕骨顆上骨折、橈・尺骨の骨幹部骨折、手関節の脱臼・骨折、手掌部の開放創などが注目され、神経麻痺は、放置されているのです。

無料相談会で相談がなされるのは、受傷から6カ月以上で、1年程度を経過しているのが一般的です。この段階になると、絞扼・圧迫による神経麻痺は、とっくに重症化し、陳旧化、古傷化しているのです。
したがって、追加的な治療は二の次で、現治療先で症状固定とし、後遺障害診断を受けています。
この点、尺骨神経麻痺と同じで、被害者との出会いで、後遺障害の対応が変わります。