(1)病態
上腕骨は、1本の長管骨ですが、前腕骨は橈骨と尺骨の2本で構成されています。
手関節では、親指側にあるのが橈骨、小指側にあるのが尺骨と記憶しておくと便利です。
交通事故では、直接、前腕を強打したり、飛ばされたりして手を地面についた際、前腕に捻れの力が加わり、橈骨および尺骨が骨折します。
捻れにより橈・尺骨が骨折を起こしたときは、骨折部位は異なりますが、外力により両骨が骨折を起こしたときは、両骨の骨折部位は同一部位となる傾向です。
(2)症状
橈・尺骨の両方が骨折しており、激痛と腫れ、前腕の中央部は大きく変形し、ブラブラ状態です。
(3)治療
単純XP撮影で容易に診断が可能で、両骨の骨折では、かなり強い衝撃が外力として強制されており、大きな転位が認められるものがほとんどです。
過去、骨折の70~75%は徒手整復+ギプス固定による治療でした。
尺骨や橈骨の骨幹部は、両端に比較すると細くなっており、血流が少なく、骨癒合が遅れ、偽関節化することが多かったのです。
最近では、AOプレートとスクリューによる固定が常識とされており、偽関節化も少なくなっています。
(4)後遺障害のポイント
1)手術による内固定がなされたものでは、挫滅的な骨折でもない限り、後遺障害を残しません。
2)問題となるのは、保存療法が選択され、その後のリハビリ治療などがなおざりにされたときです。
この後に解説する長管骨の変形や、偽関節を残すことが予想されるのです。
相談を受けたとき、すでに6カ月以上が経過しているときは、迷うことなく、症状固定とし、後遺障害を申請し、等級獲得後に固定術などを選択することを提案しています。
等級 | 偽関節の障害 | 自賠責 | 喪失率 |
7 | 9:1上肢に偽関節を残し、著しい運動障害を残すもの | 1051 | 56 |
①上腕骨に異常可動性のある偽関節を残し、硬性装具を常に必要とするもの | |||
②橈骨と尺骨に異常可動性のある偽関節を残し、硬性装具を常に必要とするもの | |||
8 | 8:1上肢に偽関節を残すもの | 819 | 45 |
①上腕骨に偽関節を残し、物の保持、移動に時々、硬性装具を必要とするもの | |||
②橈骨と尺骨に偽関節を残し、物の保持、移動に時々、硬性装具を必要とするもの | |||
12 | 8:長管骨に変形をのこすもの | 224 | 14 |
①橈骨に偽関節を残し、物の保持、移動に、硬性補装具を必要としないもの | |||
②尺骨に偽関節を残し、物の保持、移動に、硬性補装具を必要としないもの |
①骨折部に異常可動性が認められるときは、治療先に依頼して、硬性装具を発注し、橈骨と尺骨の両方に偽関節が認められ、ときどき硬性装具の装用を必要とするものは、8級2号が認定されます。
②橈・尺骨のいずれかに偽関節を残し、硬性装具を必要としないものは、12級8号の認定です。
3)偽関節や変形が発生しても、以下に紹介する専門病院であれば、チッピングやイリザロフの技術を駆使して、元通りに治癒させています。
損害賠償が完結した時点で、専門病院に転院し、新しい治療法で改善を実現しています。
名称 総合南東北病院
外傷を専門として治療するセンターで、外傷の救急医療からリハビリテーション、そして骨折後遺症の機能再建まで、幅広く対応できる専門の治療先です。
所在地 福島県郡山市八山田七丁目161
電話予約センター 0120-14-5420 診察には、紹介状が必要です。
医師 松下 隆センター長と7名の専門医
(5)NPOジコイチの経験則
この事故は、日本海に面した福井県の国道で発生しました。
お盆の墓参りに出かける途中ですが、加害者のセンターラインオーバーによる正面衝突です。
同乗中の奥様のお母さんが死亡、お父さんは頭部外傷で3級3号、奥様は右眼窩壁骨折と顔面の醜状痕で併合6級の実に悲惨な交通事故でした。
ご主人が運転していたのですが、ハンドルからの衝撃で右橈・尺骨の骨幹部を骨折しました。
私が治療先の温泉病院で被害者面談をしたときは、受傷から2年を経過していました。
右尺骨は偽関節で、大きく内反変形をしており、被害者の職業は左官でしたが、壁塗りの基本である回内・外運動が不可能で、現職復帰を果たせる状況ではありません。
私は被害者に対して以下の2案を提案しました。
①現時点で治療を打ち切って、後遺障害等級の認定申請を行い、等級確定後に国民健康保険で矯正術を受け、この治療費は被害者が負担する?
②現時点で症状固定とはせず、治療先を変更し、前腕骨骨折部の矯正術を受け、左官職への復帰を目指す?
損害賠償では、①が有利ですが、矯正術に最大で1年以上を要する可能性と、受傷から2年を経過しての骨移植を伴う矯正術で、果たして左官職に復帰できる程度に改善するか、私にも自信がなかったのです。 被害者は②を選択、大阪赤十字病院に転院、平成10年2月、腸骨からの骨移植を伴う矯正術を受けました。経過は順調に推移し、平成10年9月に症状固定とし、後遺障害等級は併合で9級が認定されましたが、事故受傷からまる3年10カ月が経過していました。
9級をベースにしての損害賠償交渉が始まったのですが、損保は、医療過誤が原因で損害が拡大したとして、治療先を訴え、被害者に対しては債務不存在の確認訴訟を提起しました。
被害者にとっては、寝耳に水の話です。
加害者側の損保は、のちに経営後破綻した第一火災で、被害者を蚊帳の外に置いた医療過誤訴訟は、損保の弁護士が医療過誤を立証することができず、被害者は大勝利判決を獲得しました。
骨折の70%は、現在でも、徒手整復による治療となっています。
したがって、どうしても手術をしなければならないということはありません。
ただし、整復後の経過によっては手術も十分に検討されるべきで、本件は積極的な治療を検討することなく漫然と治療を行った結果、尺骨の変形と偽関節を残したのです。
これらは、不作為(当然やらなければいけなかったことを見逃してしまった。)に該当し、医療過誤になると判断していますが、医療過誤で争うことは、まったく考えていません。
医療過誤は、損保が、被害者との示談解決をした後に、治療先を訴えればいいのです。
そして、現在では、迷うことなく、①を選択、症状固定を優先させています。