(1)病態
有頭骨とは、中指の中手骨の真下にある手根骨の1つで、右手では有鈎骨の左横に位置しており、8つある手根骨の中では、最も大きな骨です。
交通事故では、転倒した際に手をつく、あるいは、直接の打撲で骨折することが多く、自転車やバイクの事故で複数例を経験しています。
(2)症状
手関節と手のひらの痛み、骨折部の腫れが生じ、手関節と手指を動かすことができなくなります。
(3)治療
近年、手根骨の骨折に対しては、積極的に手術による固定が実施されています。
手術の内容については、筑波大学医学部附属病院 整形外科の中山啓太医師らが発表の症例報告を引用しておきます。
23歳女性、バイクを運転中に、対向車のドアミラーに、右手でハンドルを握った状態で接触し、転倒した際に、右有頭骨骨折に右有鉤骨骨折を合併したものです。
右手関節の痛みと、可動域制限を訴え、自宅近くの整形外科を受診したのですが、XPでは異常がないとの診断がなされたので、その後は、通院することなく、放置していました。
ところが、4カ月を経過しても症状が改善しないので、再診を受けたところ、CTとMRI撮影により、有頭骨の中央部、有鉤骨は鉤部の骨折が発見されました。
主治医から手の専門医の紹介を受け、受傷から6カ月を経過した段階で手術を受けています。
有頭骨は体部中央で骨折し、有鉤骨は鉤部が骨折、いずれも偽関節化していたが、手根骨の配列は保たれており、手術は、手関節背側よりアプローチし、有鉤・有頭骨関節を中心に、キューレットで溝を掘るように偽関節部を掻爬し※、その部分に、腸骨より採取した海綿骨を移植、有鉤骨と有頭骨の偽関節部を固定する手術が行われています。
内固定は行わず、前腕以下のギプス固定が6週間続けられました。
術後1年で骨癒合が完成、手関節痛は消失し、少しの可動域制限を残して症状固定となっています。
本件の手術を担当した専門医のまとめでは、有頭骨骨折も有鉤骨骨折もXPのみでは、骨折の診断が困難であることから、診断には、圧痛部位を触診した上で、CT、MRI撮影を行う必要があること、本症例は、両骨折とも見逃され、偽関節であったため、骨折部に加えて有頭骨・有鉤骨間も部分関節固定をすることで、良好な結果が得られたとされています。
※掻爬
キューレットで組織の採取、除去を行うこと、
キューレット
現役の、しかも手の専門医が、XP撮影だけでは骨折を発見することが困難と断言しているのです。
やはり、手の専門医を受診して、CT、MRI撮影で確定診断とする必要があります。
(4)後遺障害のポイント
1)手根骨は、手関節に近い1列目は、①舟状骨、②月状骨、③三角骨、④豆状骨の4つ、2列目には、⑤大菱形骨、⑥小菱形骨、⑦有頭骨、⑧有鉤骨の4つ、合計8つの骨で構成されています。
小さな骨の集合体ですが、一部の骨の骨折や脱臼により、手根骨の配列が崩れると、たちまち、手関節の鈍痛と可動域制限を発症するのです。
交通事故においては、舟状骨、月状骨、三角骨、豆状骨、有鉤骨、有頭骨で骨折が多発しています。
これらの複数が骨折と同時に脱臼を伴っていることがあります。
被害者よりは、激痛の訴えは少なく、XPでは確認し難いのを特徴としています。
訴えに乏しく、初診のXPで確認されないまま、3、4カ月が経過したものは、その後に骨折が発見されたとしても、「初診時に骨折が発見されておらず、傷病名の記載もない?」 として、Giroj調査事務所は本件事故との因果関係を疑います。これを被害者側で立証できないときは、骨折が認められているのに、非該当とされ、泣いても泣ききれないことになります。
早期、受傷から2カ月以内に、手の外科の専門医を見つけ出して、受診しなければなりません。
専門医であれば、CT、MRI撮影で、手根骨の骨折、脱臼の確定診断ができます。
日本手外科学会のホームページでは、全国の専門医が紹介されています。
http://www.jssh.or.jp/
専門医の診察で骨折や脱臼が診断されたときは、固定術を受けて、完治を目指します。
2)受傷から6カ月、1年を経過したものでは、損保がしびれを切らしてイライラしています。
診断書には、手根骨の骨折や脱臼の傷病名は記載されておらず、打撲だけでは、これ以上の治療費の負担も休業損害の支払いもできないとして、示談解決を督促してきます。
したがって、専門医の診察は健保の適用で治療費を負担し、骨折や脱臼が判明しても、その時点で症状固定とし、現症状を明らかにして、後遺障害診断を受け、後遺障害の申請を行うことになります。
固定術は、示談締結後に、健康保険の適用で受けることを検討することになります。
損保の協力が得られないのですから、この方法しか、選択肢がないのです。
後遺障害の申請では、陳旧性の骨折と本件事故との因果関係について、画像から読影できる専門医の所見について、記載をお願いします。これまでリハビリを行ってきた治療先には、カルテの開示をお願いして、治療の経過と症状の推移を明らかにしておきます。
以上が完璧に立証できれば、因果関係なしの非該当は吹き飛びます。
常識的には、手関節の機能障害で12級6号が認定されます。
骨折と脱臼により、手根骨に不安定症を発症しているときは、10級10号の可能性もあります。