(1)病態
手首の付け根の骨は手根骨といいますが、8個の小さな手根骨で構成されています。
これらの手根骨は2列に並んでおり1列目は親指側から、舟状骨・月状骨・三角骨・豆状骨、2列目は、大菱形骨・小菱形骨・有頭骨・有鉤骨の配列となっています。
小さな骨の配列ですが、手根骨はお互いに関節を作って接しており、靭帯で結合されています。
月状骨は、右手の背側では、舟状骨の右隣、有鈎骨の下部に位置しています。
手根骨脱臼は、月状骨が圧倒的で、月状骨周囲脱臼と呼びます。
手のひらをついて転倒した際に、月状骨が、有頭骨と橈骨の間に挟まれてはじき出されるように、手のひら側に転位・脱臼します。月状骨と橈骨の位置関係は正常ですが、月状骨とその他の手根骨との関係が異常となり背側に転位するもので、しばしば見逃されることがあり、注意しなければなりません。
月状骨周辺の橈骨遠位端骨折、舟状骨骨折に合併して月状骨脱臼が発生することもあります。
有頭骨の脱臼は、月状骨周囲脱臼と呼ばれています。
(2)症状
疼痛、圧痛、腫れと手関節の可動域制限を発症、脱臼した月状骨が手根管を圧迫している、突出しているときは、手根管症候群=正中神経麻痺を生じることがあります。
手根管症候群、正中神経麻痺は、前段の35、36で詳細を解説しています。
(3)検査と治療
XPの側面画像で、月状骨が90°回転しているのが分かります。
従来は、徒手整復が治療の中心でしたが、再脱臼や手根管症候群予防の必要から、手術が選択され、靭帯の縫合なども、積極的に実施されています。
①手根骨間の徒手整復経皮的ピンニング
切開をしないで徒手で転位した手根骨を整復、皮膚の外からワイヤーで固定する方法、
②観血的靭帯縫合
切開手術で転位した手根骨を整復し、ワイヤーで固定、損傷した靭帯を縫合する方法、
(4)後遺障害のポイント
月状骨脱臼も、他の手根骨と同じで、発見できないことが多いと、認識しておくことです。
舟状骨の骨折で具体的に解説しましたが、2方向のXPだけでは、判断できないのです。
さらに、医師がCTやMRIの撮影を指示するほどの強い痛みの訴えがなされないことも、見逃しの原因となっています。骨折していないとの診断であっても、ジクジクする痛みが続き、手関節に運動制限が認められるときは、受傷2カ月以内に専門医の受診を受けることです。
日本手外科学会のホームページでは、全国の専門医が紹介されています。
http://www.jssh.or.jp/
(5)NPOジコイチの経験則
大阪の交通事故無料相談会に、41歳専業主婦、受傷から6カ月を経過した被害者が参加されました。
受傷2カ月目に専門医を受診、傷病名は右舟状骨骨折、右月状骨脱臼となっています。
元の治療先に戻り、保存的にギプス固定がなされたのですが、右舟状骨は、やや偽関節化が進み、右月状骨脱臼も少し飛び出しており、骨折部の痛みと右手関節の可動域制限を訴えています。
等級 | 主要運動 | 参考運動 | |||
背屈 | 掌屈 | 合計 | 橈屈 | 尺屈 | |
正常値 | 70 | 90 | 160 | 25 | 55 |
8級6号 | 10 | 10 | 20 | – | – |
10級10号 | 35 | 45 | 80 | 15 | 30 |
12級6号 | 55 | 70 | 125 | 20 | 45 |
左右手関節の計測では、
背屈40°背屈45°で、健側160°に対して2分の1+5°のレベルです。
ところが、参考運動である橈屈・尺屈は、10°25°で2分の1以下となっています。
右舟状骨は偽関節化が進んでおり、右月状骨の脱臼は、完全に整復されていません。
主要運動のいずれかが2分の1+10°であっても、参考運動のいずれかが、2分の1以下に制限されていれば、10級10号を認定されており、本件では10級10号が予想されるのです。
参考運動(橈・尺屈)
現在、主治医は、手関節の軟性装具の使用で様子を見ることを提案していますが、損保は、治療も6カ月となるので、症状固定として示談解決をしたいと打診してきています。
①スプリントの装用で、リハビリを続けるのか?
②症状固定、示談解決で損保の要請に応じるのか?
③専門医を再診し、手術に踏み切るのか?
被害者としての選択肢は、上記の3つです。
チーム110のスタッフが被害者に同行して、専門医の再診を受けました。
結果は、手術でないと改善は得られないというものでした。
被害者は、②を選択、示談解決に並行して手術を受けることを決断しました。
地裁基準による等級別損害賠償額の比較 (単位 万円) | |||
等級 | 後遺障害慰謝料 | 逸失利益 | 合計 |
10級10号 | 550(200) | 1460 (953) | 2010(1153) |
12級6号 | 290(100) | 757(249) | 1047(349) |
女性41歳、基礎年収376万2300円で積算したものです。
( )は、損保が提示する任意保険支払基準です。
交通事故解決で実績のある弁護士を紹介し、傷害部分の210万円を加え、2220万円で解決しました。
術後の症状固定であれば、10級10号はあり得ません。
12級6号では、1047万円ですから、被害者にとっては、利益性の高い決断でした。