(50)手指の各関節の側副靭帯損傷

(1)親指MP関節尺側々副靭帯の損傷=スキーヤーズサム


右手背側

右手掌側

(1)病態

手指関節の両側には、関節の側方への動揺性を制御し、横方向に曲がらないようにしている側副靭帯という組織があります。側副靭帯は転倒などで、側方への強い外力が加わったときに損傷します。
受傷直後に適切な治療を行わないと、側方へ指が曲がる、力が入らないなど、不安定性を残します。
母指MCP関節尺側々副靭帯の損傷が好発部位です。
スキーの滑降中に、ストックが引っかかって、親指に急激な外力が加わって発症することが多く、この傷病名がつけられています。
サッカーのGKがシュートを止めようとしたとき、バレーボールのブロックでも痛めることがあります。

交通事故では、自転車対自動車の出合い頭衝突で、手を開くように転倒したとき、歩行者がブロック塀に跳ね飛ばされ、手をついて転倒したときに、発症しています。

(2)症状

親指付け根の関節、MCP関節に腫れと痛みを発症し、親指と人差し指でモノをつまむとき、ビンの蓋を開けるときに、痛みで力が入らなくなります。

(3)治療

親指第2関節尺側の側副靭帯が断裂するもので、完全断裂のときは、ギブス固定を行っても治癒することはありません。最初から手術の選択となり、専門医の領域です。
不安定性が少ないときは、2~4週間のギプス固定で、その後、徐々にリハビリが開始されます。
XPで異常が確認されないときでも、一定期間の外固定は必要となります。
それでも、不安定性が改善されないときは、手術が選択されます。

断裂した尺側々副靭帯
反転した尺側々副靭帯

親指のMCP関節尺側々副靭帯損傷では、靭帯の断端が反転して、親指内転筋腱膜の下に挟まってしまう、ステナー障害を発症する可能性が高く、そうなると、治癒不能の状態が起こり、手術が必要です。
受傷後早期では、靭帯縫合術が、完全断裂で3週間以上が経過したときは、断端同士を縫合することが困難となり、手首の腱である長掌筋腱を使用して側副靱帯再建術が行われています。

(4)後遺障害のポイント

1)NPOジコイチの経験則は2例ですが、いずれも後遺障害を残すことなく治癒しています。
ネット上の医学論文には11例が紹介されていますが、7例は保存的治療で改善を得ており、側方動揺性の強い4例では、手術が行われ、改善が得られています。

2)受傷から6カ月以上を経過した陳旧性のものは、可動域制限と側方動揺性を残しています。

親指 MCP関節 IP関節 他の運動
屈曲 伸展 屈曲 伸展 橈外転 掌外転
正常値 60 10 70 80 10 90 60 90 150
用廃 30 5 35 40 5 45 30 45 75

親指ではIPとMCPのいずれかに、2分の1以下の可動域制限が認められるものが、親指の用を廃したものとして、10級7号が認定されています。
本件のスキーヤーズサムでは、親指のMCP関節が対象になりますが、果たして、2分の1以上の可動域制限が認められるのか、受傷2カ月の段階から、経過の観察をしていきたいと考えています。

(2)手指伸筋腱損傷 (てゆびしんきんけんそんしょう)

指を上から見たときの解剖図
指を上から見たときの解剖図

(1)病態

ヒトの指は、複雑で細かい作業を行うために、多くの筋肉や腱、靭帯が複雑な構造をしています。
伸筋腱は、腕から手関節、手の甲を通過して、それぞれの指に分布する長い腱で、手指の骨に力を伝え、指を伸ばす働きをしているのですが、伸筋腱が断裂すると、指の骨に力を伝えることができなくなり、指を伸ばせない状態となります。
外傷による、皮膚の切創・挫創によって伸筋腱が断裂する開放性損傷と、創がなくても、強い外力が加わり、皮下断裂を生じる閉鎖性損傷があります
皮下断裂は、突き指などの外力によって生じるもので、これが圧倒的に多数です。

開放損傷により、手の甲で腱が断裂したときは、MCP関節での手指の伸展が不良となります。
しかし、手背部の伸筋腱は、腱間結合という組織で隣の伸筋腱と連結しているので、完全に伸展することはできませんが、一定程度までの伸展は可能です。

スワンネック変形・段ボール変形

(2)症状

手指の関節の伸展が、し難くなりますが、骨折と違い、強い疼痛を伴うことはありません。
DIP、PIP関節の背側での皮下断裂は、放置すると伸筋腱のバランスが崩れ、スワンネック変形やボタンホール変形という手指の変形に発展します。

(3)治療

XP、CT、MRI、超音波検査などを行い、骨折の有無や伸筋、伸筋腱の状態などをチェックします。
開放性損傷では、早期に開創し、短縮している腱の断端を引き寄せて、縫合しなければなりません。DIP、PIP関節背側での皮下断裂は、一般的には、保存療法で治療、装具により、手指を伸ばした状態で4週間以上固定します。この間、固定を外さないようしなければなりません。
手関節背側で生じた皮下断裂は、手術が必要となります。
断裂した腱の断端同士を縫合ができないことが多く、腱移行術や腱移植術などが行われています。

(4)後遺障害のポイント

後段の突き指で、まとめて解説しています。

(3)突き指

正常な状態

(1)病態

手指の正常な状態では、上側に伸筋腱、下側に屈筋腱、関節の左右には、内・外側々副靱帯があり、それぞれ連結して、指の可動域を確保しています。

腱断裂
腱断裂のイラストでは、人差し指の伸筋腱が、DIP関節のところで断裂しています。
突き指の外力で生じた皮下断裂であり、突き指=伸筋腱の断裂が圧倒的多数です。

(2)症状

断裂した先の手指は、激痛を伴い、伸ばすことはできません。

3)治療

DIP、PIP関節上部での皮下断裂は、一般的には、保存療法で治療、装具により、手指を伸ばした状態で4週間以上の固定が行われるのが一般的です。
こんな指先の腱断裂であっても、開放性では、早期に開創、短縮している腱の断端を引き寄せ、縫合しなければなりません。

でも、伸筋腱の皮下断裂では、時間が経過すると、それほど大きな痛みを感じないのです。
「ああ、突き指ですね、その内、治りますよ?」
これで放置されるのが最大の問題点となっているのです。

脱臼骨折

次は、裂離骨折のイラストをチェックしてください。
これは、人差し指の伸筋腱が、DIP関節より先の付着部から断裂して外れたことを意味します。
これは裂離骨折もしくは剥離骨折といわれています。

腱と関節包との結合部位では剥離骨折が多く、伸筋腱断裂によってマレットフィンガーと呼ばれる遠位指節間関節の屈曲変形が生じることがあります。

マレットフィンガー

軽度であれば6週間程度の固定で改善が得られますが、重度の腱損傷や骨折を伴うときは、こんな指先でも、手術が選択されています。
骨折型、粉砕の程度、軟部組織の損傷の程度によっては、術後に指の拘縮が起こりやすく、また、発生部位に関わらず、整復が不完全なときは、運動障害や運動痛を残します。

では、脱臼骨折です。
イラストは、右人差し指の真ん中、PIP関節部で、交通事故による突き指では、頻度が高いものです。
手指の関節の骨折では、もっとも治療が困難で、これでも、手術が選択されることが多いのです。
関節が安定していればシーネなどで固定して治療します。
関節が不安定で、関節面に40%以上のズレが認められるときは、手術が選択されます。

最後は、側副靱帯の断裂です。
右手人差し指のPIP関節部、内側々副靱帯が断裂しています。
手指関節の両側には、関節の側方への動揺性を制御し、横方向に曲がらないようにしている側副靭帯という組織があります。側副靭帯は転倒などで、側方への強い外力が加わったときに損傷します。
受傷直後に適切な治療を行わないと、側方へ指が曲がる、クロスフィンガーや力が入らない等、不安定性を残します。実は、人差し指よりも、母指MP関節尺側々副靭帯の損傷が好発部位です。

母指第2関節の尺側の側副靭帯の完全断裂では、ギブス固定を行っても治癒することはありません。
最初から手術の選択となり、専門医の領域です。

不安定性が少ないときは、2~4週間のギプス固定で、その後、徐々にリハビリが開始されます。
XPで異常が確認されないときでも、一定期間の外固定は必要となります。
それでも、不安定性が改善されないときは、手術が選択されています。

(4)後遺障害のポイント

1)腱断裂、裂離骨折、脱臼骨折、側副靱帯断裂について解説しましたが、専門医以外の整形外科では、これらのすべては、「突き指ですから、その内、治りますよ?」 こんな扱いがなされています。

2)交通事故で突き指をしても、会社を休むなんてことは、通常は考えません。
ちょっとした不自由や痛みを感じながら、仕事を続けるのですが、症状はどんどん悪化していきます。
その頃に、心配になって専門医を受診すると、入院下で手術と診断されるのです。
「突き指で入院して手術、あのアホはなにを考えとんのじゃ?」 会社の評価は厳しいものとなります。
0:100の交通事故で、長期間苦しみ、結果、会社からも相手にされなくなり、損保も、突き指なら、せいぜい2カ月でしょうと、示談解決が督促され、不愉快この上ない最悪のパターンです。

したがって、専門医の受診を急がなければならないのです。
専門医を受診すれば、右第2指伸筋腱断裂、右第2指遠位伸筋腱裂離骨折、右第2指PIP関節脱臼骨折、右第2指外側々副靱帯断裂の傷病名となり、手術の内容も診断書に記載されます。
周囲は、「大変だったね、シッカリ治して職場復帰してください。」 月とスッポンの扱いなのです。

3)指の後遺障害は、骨折部の痛みと関節の機能障害です。
例えば、親指で10級7号の認定を受けるには、MCP、IP関節の可動域が、健側の2分の1以下でなければならず、他の指でも、用廃では、MCP、PIPが2分の1以下となることが認定要件です。
ところが、先の傷病名で放置されても、2分の1以下には、滅多にならないのです。
したがって、痛みを立証して14級9号で納得することが大半なのです。
突き指では、後遺障害よりも、専門医を頼って、アッケラカンと治すことを優先してください。

(4)手指の伸筋腱脱臼(しんきんけんだっきゅう)

伸筋腱脱臼

(1)病態

手を握って拳骨を作ったときの拳頭部分は中手骨頭を覆うように伸筋腱が存在しています。
この中手骨頭は丸い形をしており、矢状索と呼ばれる組織が、伸筋腱が中央部からずれることのないように支えているのですが、拳を壁にぶつけるなど、強い力がかかることにより指を伸ばす腱の支え、矢状索が緩むことがあるのです。この矢状索が損傷すると、伸筋腱を中央部に保持できなくなり、拳骨を握ると、伸筋腱が中手骨頭の横にズレ落ちるので、この状態を伸筋腱脱臼と呼んでいます。
歩行者が、自動車のドアミラーに激しく手の甲をぶつける交通事故で、1例を経験しています。

(2)症状

指を曲げて拳を握ると、指を伸ばす腱が横にずれることで、ボキボキの弾発音、疼痛を発症します。

(3)治療

軽度なものは、指を伸ばした状態で、4~6週間固定をします。
指を伸ばす腱の支えが修復されると腱が横にずれにくくなります。
手術では、緩んでしまった腱の支え=矢状索の縫合術、もしくは伸筋腱の一部を用いて矢状索を再建する再建術が実施されています。

(4)後遺障害のポイント

外傷による伸筋腱脱臼では、保存的治療で完治します。
陳旧性、古傷化したものは、痛みの神経症状を残すことが予想されますが、手指の可動域が2分の1以下に制限される機能障害は考えられません。

(5)手指の屈筋腱損傷(くっきんけんそんしょう)

屈筋腱損傷

(1)病態

手の掌側にある屈筋腱が断裂すると、筋が収縮しても、その力が骨に伝達されないので、手指を曲げることができなくなります。
切創や挫創による開放性損傷、創のない閉鎖性損傷、皮下断裂がありますが、圧倒的に前者です。
屈筋腱の損傷では、同時に神経の断裂を伴うことが高頻度で、そんなときは、屈筋腱と神経の修復を同時に行うことになり、専門医が登場する領域です。

(2)症状

手指の屈筋腱は、親指は1つですが、親指以外では、深指屈筋腱と浅指屈筋腱の2つです。
親指以外で、両方が断裂すると、手指が伸びた状態となり、まったく曲げることができなくなります。
深指屈筋腱のみが断裂したときは、DIP関節だけが伸びた状態となり、曲げることができません。
しかし、PIP関節は、曲げることができるのです。

(3)治療

手指の屈筋腱損傷は、すべて手術の対象であり、手の外科、専門医を受診しなければなりません。
屈筋腱損傷の治療は、手の外傷の治療のなかで最も難しいものの1つで、腱縫合術が必要です。
年齢、受傷様式、受傷から手術までの期間、手術の技術、術後の後療法、およそ3カ月のリハビリなどにより治療成績が左右されます。
治療が難しい理由には、再断裂と癒着の2つの問題があります。

(4)後遺障害のポイント

手指掌側の屈筋腱は、手指の深い切り傷、刺し傷で断裂しています。
切り傷、刺し傷となると、交通事故では少数例であり、屈筋腱断裂は経験したことがありません。
やはり、陳旧性、古傷化したものが後遺障害として議論されることになります。
症状と画像をチェックして、個別に対応して行くことになります。