1)病態
後縦靱帯骨化 黄色靱帯骨化
脊柱管の中にあって、脊髄の前側には、水分を含んで瑞々しい後縦靭帯が、そして脊髄の背中側には黄色靭帯が縦走しており、脊椎骨を補強し、適度な運動性と安定性を与えています。
さて、後縦靱帯骨化症とは、脊髄の前方に位置する後縦靱帯が肥厚し、骨のように固くなる骨化により、脊髄の走行している脊柱管が狭くなり、脊髄そのものや脊髄から分枝する神経根が圧迫されて知覚障害や運動障害などの神経障害を発症する疾患、つまり病気で、国から難病指定を受けています。
後縦靭帯骨化症は頚椎に多く、黄色靭帯骨化症は、胸椎に多い疾患です。
遺伝的素因、カルシウム・ビタミンDの代謝異常、糖尿病など、さまざまな要因が想定されていますが、現在も、原因を特定するまでには至っていません。
ハッキリと断言できるのは、交通事故で後縦靱帯が骨化することはないことです。
中央部の縦に白い線が骨化巣です。
2)後縦靱帯骨化症と素因減額 判例の検証
後縦靱帯骨化症は、交通事故との因果関係が認められない疾患です。
疾患により治療が長期化したとき、重度な後遺障害を残したときは、素因として減額がなされます。
それでは、素因減額についての判例を検証しておきます。
①大阪高裁H5-5-27判決 交民29巻5号1291頁
本件の被害者が、事故以前から頚椎後縦靱帯骨化症に罹患していたことが、治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることは明白であるとした上で、
①事故以前には、後縦靱帯骨化症に伴う症状の発現はなく、健康な日々を送っていたこと、
②後縦靱帯骨化症は、原因不明の難病であるが、我が国においては決して稀ではない疾患であり、被害者には罹患するについて、なんら責められるべき点はないこと、
③交通事故で頚部に加わった衝撃は軽いものではなく、素因がなくとも、相当程度の傷害を与えていた可能性が高いと推測されること、
④腰痛症や老化からくる頚椎や腰椎の変性など、なんらかの損害拡大の素因を有しながら社会生活を営んでいる者は多数存在していること、
以上の事実により、被害者が、後縦靱帯骨化症の素因を有していたため拡大した損害について、これを加害者側に負担をさせても、公平の理念に照らして不当であるとはいえないと判示し、素因減額を否定しました。
②最高裁H8-10-29判決
先の大阪高裁判決について、後縦靭帯骨化症が被害者の治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明白で、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときには、損害額を定めるにあたっては後縦靭帯骨化症を斟酌すべきであるとして、大阪高裁H5-5-27判決を破棄し、大阪高裁に差し戻しました。
③大阪高裁H9-4-30判決 交民30巻2号378頁
差し戻し審で、大阪高裁は、素因減額を30%と認定し、被害者の損害を減額しています。
上記の最高裁判決を受けて平成9年以降、後縦靱帯骨化症では、ほとんどが素因減額を肯定して、20~30%の減額がなされており、中には50%の減額がなされた判例もあります。
④大阪地裁H13-10-17判決
玉突き追突事故の被害を受けた57歳男性に対して、自賠責保険は、頚椎の著しい運動障害で6級5号、脊髄損傷で7級4号、併合4級を認定しています。
裁判所は、被害者に後縦靱帯骨化症の既往歴があって、脊柱管の狭窄率が50%以上であった事実から、脊髄を相当に圧迫しており、軽度な外傷であっても、大きな神経症状を引き起こす可能性が非常に高い状態にあったとして、被害者の後縦靭帯骨化症は本件の損害の拡大に相当の寄与をしているとして、50%の素因減額を認めています。
7597万2567円の損害賠償請求額に対して、判決で認容されたのは、1653万0117円であり、素因減額が ▲3433万0218円となる被害者にとっては重たい判決でした。
⑤大阪地裁H24-9-19判決 交民45巻5号1164頁
①事故以前に、後縦靭帯骨化症による症状を発症していないこと、
②しかし、後縦靭帯骨化のレベルは、事故から約8カ月後の時点で、骨化の厚さ7mm、有効脊柱管前後径7mm、骨化占拠率50%に至っていたこと、
③後縦靭帯骨化症による脊髄症状を発症しやすい状態にあり、脊髄症状を発症したときは、手術によっても十分な改善を得られない可能性がある状態にあったこと、
④事故態様は軽微なもので、後縦靭帯骨化の素因がなければせいぜい頚椎捻挫に止まる程度のものであったこと、
上記の事実を指摘して、素因減額を50%としています。
⑥東京地裁H16-2-26判決 平成12年(ワ)第15518号
変性が通常の加齢に伴う程度を超えるものであったことを認めるに足りる証拠はないとして、素因減額を否定しています。
⑦東京地裁H27-6-24判決
実際に、後縦靭帯骨化症に罹患していたとしても、それが損害の拡大または後遺障害の残存に影響を与えたと言えるかは明らかでないとして、素因減額を否定しています。
NPOジコイチのコメント
判例では、脊柱管の狭窄率を重視して後縦靱帯骨化症の素因減額を判定しているように思えます。
脊柱管の狭窄率とは、脊柱管前後径に対する靭帯骨化巣の厚さの割合を示すものであり、これが40%を超えると、医学的には、後縦靭帯骨化症が発症しやすくなると報告されています。
したがって、訴訟では、脊柱管狭窄率を明らかにして争う必要があります。
仮に、後縦靱帯骨化が認められたとしても、脊柱管狭窄率が30%以下では、症状の発症がなく、通常の加齢に相応する変性に過ぎないとして素因減額に対抗しなければなりません。
3)後遺障害認定の傾向
平成14年4月、自賠責保険が民営化されて以降から、Giroj調査事務所が後遺障害等級認定で、因果関係に積極的に踏み込んでくる印象を受けています。
従来、OPLLでは、脊柱管拡大形成術が実施されることが多いのですが、3椎以上の椎弓形成術では、脊柱に変形を残すものとして11級7号が認められていました。
受傷から、およそ6カ月以内にオペが実施されたときは、上記と同じ扱いですが、受傷から1年以上を経過してオペが実施されたものは、それに触れることなく、14級9号でお茶を濁すものがあります。
このままだと、請求できるのは、頚部捻挫としての平均的な損害賠償であり、6カ月間の治療費、慰謝料、3カ月程度の休業損害、通院交通費と後遺障害14級9号の損害に過ぎません。
損保は、元々の疾患・病気として入院・手術の治療費、入院雑費、この間の休業損害は全否定します。
事故時点の脊柱管狭窄率が50%を超えていれば、一定の素因減額を免れることはできませんが、被害者としては、それ以前に、遺残した後遺障害のすべてを立証して、脊柱の変形や術後の脊髄症状で正当な等級の認定を求めなければなりません。
自賠責保険が、因果関係に踏み込んで14級9号を認定し、脊髄症状などを無視したときは、弁護士に、依頼して、裁判で等級の認定を受けることになります。
すべてをさらけ出して損害賠償請求を行い、素因減額は甘んじて受け入れることが正義なのです。
4)難病の指定
厚生労働省は、後縦靱帯骨化症を公費対象の難病と指定います。
以下の条件を満たせば、治療費は国庫負担とされています。
①画像所見で後縦靱帯骨化または黄色靱帯骨化が証明され、それが神経障害の原因となって、日常生活上支障となる著しい運動機能障害を伴うもの。
②運動機能障害は、日本整形外科学会頚部脊椎症性脊髄症治療成績判定基準の上肢運動機能Ⅰと下肢運動機能Ⅱで評価・認定されており、頸髄症では、上肢運動機能Ⅰ、下肢運動機能Ⅱのいずれかが2以下、ただしⅠ、Ⅱの合計点が7でも手術治療を行うときは認められています。
胸髄症・腰髄症では、下肢運動機能Ⅱの評価項目が2以下、ただし、3でも手術治療を行うときは認められています。
上肢運動機能Ⅰ | |
0 | 箸またはスプーンのいずれを用いても自力では食事をすることができない、 |
1 | スプーンを用いて自力で食事ができるが、箸ではできない、 |
2 | 不自由ではあるが、箸を用いて食事ができる、 |
3 | 箸を用いて日常食事をしているが、ぎこちない、 |
4 | 正常 |
※利き手でない側については、紐結び、ボタン掛けなどを参考とする、
※スプーンは市販品であり、固定用バンド、特殊なグリップなどを使用しない、
下肢運動機能Ⅱ | |
0 | 歩行できない、 |
1 | 平地でも杖または支持を必要とする、 |
2 | 平地では杖又は支持を必要としないが、階段ではこれらを要する、 |
3 | 平地・階段ともに杖又は支持を必要としないが、ぎこちない、 |
4 | 正常 |
※平地とは、室内または、よく舗装された平坦な道路、
※支持とは、人による介助、手すり、つかまり歩行の支え、
症状の程度が上記の重症度分類などで、一定以上に該当しないが、高額な医療を継続することが必要なときは、医療費助成の対象とされています。
これ以上の詳細や手続は、厚生労働省のホームページ、指定難病をチェックしてください。
http://www.nanbyou.or.jp/entry/98
5)後遺障害のポイント
1)どんどん先に進めることが重要です。
事故後の検査で、後縦靱帯骨化症と確定診断されたときは、脊椎・脊髄の専門医を受診し、オペを受けることになります。改善が得られないのに、ズルズルと6カ月以上の漫然リハビリ治療を続けることは御法度です。損保の兵糧攻め作戦が展開され、あなたも、家計もフラフラになります。
2)今後の解決を見据えて、専門医には、受診時の脊柱管狭窄率を確認し、それを証明する画像とともに、診断書にも記載を受け、手元に保管しておきます。
①脊柱管狭窄率が50%以上であれば、相当の素因減額を覚悟しなければなりません。
②脊柱管狭窄率が40%未満で、事故前に骨化症の症状がなければ、僅かな素因減額です。
③そして、脊柱管狭窄率が30%以下でも、本件事故の衝撃により、脊髄症状を発症し、オペの対象になることは稀ではありません。
これなら、年齢相応の変性であるとして素因減額の対象にもなりません。
脊柱管狭窄率は、以下の算式で求めることができます。
(後縦靱帯骨化巣の厚さ÷脊柱管の前後径)×100%
3)私が経験した最悪のパターンは、事故受傷から就労に復帰することができず、ほぼ2年間、地元の整形外科でリハビリ通院を続けていたのですが、改善が得られない状況が続いています。
損保は、ムチウチと認識していますから、休業損害を支払ったのは受傷から3カ月、治療は6カ月で打ち切りました。休業は2年間におよび、勤務先は、就業規則により、退職となりました。
この間は、健保組合に傷病手当金を請求し、僅かな退職金で最低限の生活を維持してきました。
もう、頼るものがなにもなくなった頃、損保からは弁護士対応とされ、形式的な調停の手続きを経て、債務不存在確認請求訴訟が提起されたのです。
ここで、慌てて、医大系の脊椎・脊髄外来を受診、専門医の診察を受けたのですが、待ったなしの脊柱管拡大形成術の実施が提案されました。
しかも、これ以上放置しておけば、その後の一生は車椅子、そして、このオペを実施しても、明らかな改善の保証はできないと説明されています。
どうしたものかと無料相談会に参加されたのですが、現状では、訴訟に対抗することもできません。
オペを受けるにしても、患者負担分を支払うこともできません。
どん詰まりの八方塞がりです。
解決後に精算することで、弁護士が債務不存在請求訴訟に対応し、当面は、オペを受ける方向性を考えたのですが、それまでの生活費として100万円を貸して欲しい? 借金が申し込まれるテイタラクで、それをお断りしたら、連絡がなくなりました。