耳鳴りで、音の流れと聞こえのメカニズムを解説しました。
①ヒトが音を聞くとき、まず音が外耳から鼓膜に伝わります。
②鼓膜は、音によって振動し、その振動は、つち骨・きぬた骨・あぶみ骨の耳小骨によって増幅され、③音は、内耳の蝸牛(かぎゅう)に届きます。
④蝸牛は音を電気信号に変換し、聴神経を通じて脳に伝えることで、脳は音として認識するのです。
であれば、耳の外傷で難聴となるのは、①鼓膜、②耳小骨、③蝸牛、④聴神経のいずれかが損傷を受けたときとなります。
外耳道の外傷には、耳かきなどで外耳道を傷つける、虫や小石などの異物が外耳道に入ることで発症していますが、消毒をして抗菌性の軟膏を塗布しておけば、後遺症を残すことなく、治癒します。
中耳の外傷は、
(1)鼓膜穿孔のみのもの、(2)耳小骨の損傷を伴うもの、(3)アブミ骨の脱臼による外リンパ瘻を伴うもの、これらの3つに大別することができます。
(1)鼓膜穿孔のみの病態
交通事故では、側面の出合い頭衝突による衝撃により、少数例ですが、鼓膜穿孔を発症しています。
エアバッグが耳を塞ぐように衝突して鼓膜が破れた被害者も、無料相談会に参加されています。
2)症状
鼓膜が破れた瞬間は、騒音と疼痛、外耳出血があり、難聴、耳閉感、耳鳴りなどの症状が出現します。
3)治療
鼓膜の破れは、光源付きペンスコープ型耳鏡で直接に観察されます。
聴力検査で、伝音障害による難聴ばかりでなく、音を感知できない感音障害が存在するときは、内耳障害を合併していることが予想されます。
鼓膜だけではなく、耳小骨や内耳に障害があると予想されるときは、CT検査が行われます。
鼓膜の穿孔は、感染がなければ、1カ月以内で自然に閉鎖するので、保存的に自然治癒を待ちます。
1カ月を経過しても、塞がらないときは、鼓室形成術の適用となります。
(2)鼓膜穿孔に耳小骨の損傷を伴う病態
1)耳小骨は、左側から、一部が鼓膜に接するつち骨、中央部のきぬた骨、一部が蝸牛の前庭窓にはまり込んでいるあぶみ骨、の3つの微少な骨の連結であり、外部から音として鼓膜に伝わった振動を内耳に伝える装置を形成しています。
耳小骨は、人体を構成している207個の骨の中では、最も小さい骨です。
※蝸牛
音を感じ取る蝸牛の中は、リンパ液で満たされています。
中耳から伝えられた振動はここで液体の波に変化し、液体の波は、有毛細胞によって電気信号に変換され、聴神経から大脳へ伝えられています。
衝撃波により、鼓膜だけでなく耳小骨まで損傷することがあります。
2)症状
耳小骨の連鎖が断裂すると、難聴を発症します。
3)治療
治療は、まず、抗生物質の投与で炎症を防止し、耳内を清掃して乾燥状態に保ちます。
鼓膜穿孔が陳旧化した後、耳小骨の整復も併せて鼓室形成術の実施が一般的です。
(3)あぶみ骨の脱臼による外リンパ瘻を伴う病態
あぶみ骨の底部が破損、蝸牛窓膜が傷つくと、内耳の中の液が外に漏出する、外リンパ瘻を発症することがあります。
1)症状
症状としては、強いめまいや高度な難聴、伝音性難聴と感音性難聴を発症します。
2)治療
治療は、緊急的に入院、外リンパ瘻閉鎖術が実施されています。
感染が加わり、慢性中耳炎に移行したときも、入院による鼓室形成術が必要となります。
(4)後遺障害のポイント
1)鼓膜の穿孔にとどまるものは、保存的治療で治癒し、後遺症を残すことは、ほとんどありませんが、鼓膜穿孔に伴い、中耳炎=急性化膿性中耳炎を発症すると、難聴、耳鳴り、耳漏などの症状により、いつまで経っても、鼓膜の穿孔が塞がらない状況になります。
鼓室形成術が実施されますが、軽度な難聴、耳鳴りの後遺障害を残すことがあります
耳鳴りは、「4耳鳴り」 で後遺障害の立証方法などを解説しています。
2)耳小骨の離断、ズレなどにより、つち骨、きぬた骨、あぶみ骨の耳小骨連鎖が切断されると、高度な伝音性難聴が出現し、また、耳小骨への衝撃が強いときは、内耳の損傷や三半規管の震盪などにより、めまいを伴うこともあります。
耳小骨離断、ずれでは、鼓室形成術が行われており、一過性のめまいは、オペで改善しますが、連鎖の修復が不十分であるときは、難聴の後遺障害を残します。
3)難聴を立証する他覚的な検査
聴力障害検査 | |
検査の内容 | 検査機器 |
①純音聴力検査 | オージオメーター |
②語音聴力検査 | スピーチオージオメーター |
③ABR・聴性脳幹反応 | ABR |
④SR・あぶみ骨筋反射 | インピーダンスオージオメトリー |
①純音聴力検査
事故後の難聴は、純音聴力と語音聴力検査の2つのテストで、立証しなければなりません。
オージオメーター
オージオメーターを使用し、気導聴力検査(○-○)と骨導聴力検査([ ])の2つが実施されます。
気導とは、空気中を伝わってきた音で、この検査では、どの位、小さな音が聞こえるか、難聴があるかどうかを調べます。検査時間は30~40分、ヘッドホンからの音を聞いて検査します。
音が、かすかにでも聞こえてきたらボタンを押し、聞こえなくなったら離します。
難聴には伝音性、感音性、これらの 2 つが重なり合った混合性があるのですが、伝音性は気導聴力検査で、感音性は骨導聴力検査で判定されています。
骨導とは、焼鳥の軟骨を食べたときにコリコリと感じる音で、頭蓋骨を伝わってきた音のことです。
耳をふさいで軟骨をかじるとすぐに分かります。
骨導聴力検査では、耳の後ろに骨導受話器をあて、直接、内耳、蝸牛に刺激を与えて音を聞き、内耳やその奥の経路に障害があるかどうかを調べます。
聴力は、音の大きさを表す単位、デシベル(dB)で表示します。
ヘルツ(Hz)とは音の高さを表す単位ですが、500・1000・2000・4000ヘルツの4段階で3回の検査を実施し、2、3回目の測定値の平均値を取り、6分法の計算式で平均純音聴力レベルを求めます。
※6 分法の計算式とは、
500Hz の音に対する純音聴力レベル⇒A
1000Hz ⇒B
2000Hz ⇒C
4000Hz ⇒D
(A+2B+2C+D)÷6=平均純音聴力レベルとなります。
これを覚える必要はありません。
a 検査に3回出かけること、
b 検査と検査の間隔は7日程度開けること、
c 後遺障害等級は、2回目と3回目の平均純音聴力レベルの平均で認定がなされること、
d 同一ヘルツの検査値に10dB以上の差が認められると、測定値としては不正確と判断されること、
e 両耳の聴力障害は、1耳ごとに等級を定めて併合しないこと、
どうして3回も検査を受けるのか?
3回の検査で有意差がないことを確認、つまり再現性をチェックしているのです。
これらは、覚えておくと便利です。
②語音聴力検査
スピーチオージオメーター
語音聴力検査では、言葉の聞こえ方と聞き分ける能力を調べます。
つまり、どれ位、はっきり、正確に聞こえているのかを調べる検査です。
純音聴力検査の結果が良好でも、この検査結果が思わしくないときは、「音は聞こえるけれども、話しかけられると、なにを言っているか分からない。」 コミュケーションに支障をきたす症状が出現します。この検査が役に立つのは、
①難聴の原因を調べるとき、
②補聴器の適合性を調べるとき、
③手術による人工内耳の適応を調べるとき、などで、
語音聴力検査の結果、最高明瞭度が50%以下のときは、補聴器の効果が出難いとされています。
スピーチオージオメーターを使用し、語音聴取域値検査と語音弁別検査が実施されます。
検査値はヘルツごとに明瞭度で表示され、その最高値を最高明瞭度として採用します。
これらの2つの検査、事実上は4つの検査から求められた数値で、聴力が判断されています。
検査値はヘルツごとに明瞭度で表示され、その最高値を最高明瞭度として採用します。
これらの2つの検査、事実上は4つの検査から求められた数値で、聴力を判断しています。
③④ABR・聴性脳幹反応 SR・あぶみ骨筋反射
インピーダンスオージオメトリー
蝸牛神経やそれより中枢側=脳幹の聴覚伝導路の機能を調べる検査です。
ベッドで横になり、ヘッドホンから出る音に反応して出る脳波について検査するものです。
純音聴力検査、耳音響放射検査、聴性脳幹反応などの検査を組み合わせることによって、難聴の原因が内耳にあるのか、それとも蝸牛神経や脳幹にあるのかを把握することが可能です。
先の純音聴力検査と語音聴力検査で聴力の確認は可能ですが、これらの検査は被害者の自覚的な応答で判定がなされており、聞こえているのに聞こえないと回答する詐聾を排除できません。
過去には、佐村河内守さん、全聾の作曲詐欺師も存在していますから、Giroj調査事務所が、先の検査結果に不審を感じたときは、他覚的聴力検査として、ABR・聴性脳幹反応とSR・あぶみ骨筋反射検査の実施を求めて来ることがあります。もちろん、この要請には、したがわなければなりません。
ABR は音の刺激で脳が示す電気生理学的な反応を読み取って、波形を記録するシステムで、被害者の意思でコントロールすることはできません。
被害者が眠っていても、検査は可能です。
中耳のあぶみ骨には耳小骨筋が付いています。
大音響が襲ってきたときは、この小骨筋は咄嗟に収縮して内耳を保護します。
この収縮作用を利用して聴力を検査するのがSRです。
インピーダンスオージオメトリーで検出します。
ABR に同じく、被害者の意思でコントロールはできません。
⑤立証で注意すべきこと
立証のための検査 | 検査機器 | 検査回数 |
①純音聴力検査 | オージオメーター | 7日を開けて、3回 |
②語音聴力検査 | スピーチオージオメーター | 語音聴取域・語音弁別の2種 |
③聴性脳幹反応 | ABR | 1回 |
④あぶみ骨筋反射 | インピーダンスオージオメトリー | 1回 |
聴力の後遺障害等級は、純音聴力と語音聴力検査の測定結果を基礎に、両耳で6段階、片耳では4段階の等級が設定されています。
両耳の聴力障害については、障害等級表の両耳の聴力障害で認定、片耳ごとの等級による併合の扱いは行いません。
眼科に同じく、耳鼻科の日常の診療は、外耳・中耳・内耳の炎症や疾患の治療などが中心です。
頭部外傷を原因とする聴覚神経の損傷は本来、脳神経外科や神経内科の領域で、耳鼻科の得意とするところではありません。
したがって、頭部外傷が原因の聴覚障害は、担当科の紹介で、検査のみの受診をすることになります。被害者の勝手な判断で、開業医の耳鼻科を受診、事故との因果関係の立証をお願いする?
これらは、実にナンセンスで、協力が得られることはありません。
本件では、担当科の紹介が前提ですが、医大系の神経耳鼻科を選択することになります。
耳鼻科にお願いするのは、立証のための検査だけです。
因果関係? これを気にしているのは損保だけですから、被害者は乗せられてはなりません。
専門医が、難聴を治療する上で、1週間ごとに3回の検査は全く必要ありません。
これは、後遺障害等級を確定させる目的の検査ですから、専門医のほとんどが承知していません。
脳神経外科や神経内科の担当医にそれを伝え、1週間ごとに3回の検査を行うよう指示をお願いしなければなりません。検査結果は後遺傷害診断書に記載を受けるのですが、検査表のすべてをコピーで回収し、添付しなければなりません。
後遺障害診断、立証の検査前にもう一度熟読し、万全の備えで臨んでください。
(5)これまでの経験則
1) 11歳,女児、小学校5年生、右難聴
自転車を運転中に原付バイクと接触、転倒した際に、右側頭部を打撲しています。
救急搬送時、意識消失があり、右耳出血が認められています。
初診時の右側頭部の単純XP撮影では、骨折などの異常所見は認められていません。
受傷1週間後より右難聴、耳閉感を自覚するようになり、40日後に神経耳鼻科を受診しています。
右側頭部のターゲットCT撮影で、外耳道骨壁に骨折線を認め、キヌタ骨は前方に回転し、キヌタ・アブミ骨関節の離断が確認されたことから、鼓室形成術が選択されました。
Ⅲ型の鼓室形成術により、聴力は40dBから24dBに改善しています。
難聴は、後遺障害を残すことなく治癒しました。
2) 50歳,男性、左難聴
友人の運転する乗用車の助手席に同乗中、左方向から出合い頭で衝突を受けた。
事故直後、意識消失と左耳出血があり、左聴力低下、耳鳴り、左顔面神経麻痺と診断されています。
耳出血は治癒し、めまいはなく、難聴と耳鳴が持続するため1カ月後、神経耳鼻科を受診しています。
CT撮影で、外耳道後壁に骨折線を認め、鼓室形成術が選択されました。
術時の所見では、ツチ骨はやや後方に転位し、キヌタ骨は内後方に倒れ、キヌタ・アブミ骨関節は離断しており、Ⅲ型鼓室形成術が行われました。
手術後の聴力は、66dBから39dBに改善しています。
術後7カ月で症状固定とし、耳鳴りで12級相当、顔面神経麻痺は、醜状障害として12級14号、併合11級が認定されました。
3) 34歳,女性、右難聴
34歳、女性専業主婦ですが、原付で走行中、商店街の交差点で、左方向からの乗用車の衝突を受け、投げ出されて、右後頭部から側頭部を歩道の縁石で打撲しました。
救急搬送時に意識障害があり、右耳の出血を認めています。
右側頭部の単純XP撮影では、異常所見が認められていません。
入院直後は、頭を動かすと、天井が時計回りに回転するなどのめまいと、右難聴、耳鳴り、耳閉感を自訴しましたが、3日後には、めまいは消失しています。
右難聴、耳鳴、耳閉感が続くため、右側頭部のCT撮影を実施、右外耳道から上鼓室にかけて骨折線が確認できました。鼓室形成術時の所見では、キヌタ骨が内前方へ回転し、キヌタ・アブミ骨関節が離断しており、アブミ骨底板より外リンパ液の流出が認められました。
Ⅲ型の鼓室形成術を実施、術後の聴力は、48dBから31dBに改善しています。
術後6カ月で症状固定とし、耳鳴りで12級相当が認定されました。
4) NPOジコイチのコメント
上記の3例は、いずれも単純XP撮影では、側頭骨の骨折が確認されていません。
傷病名は、3件とも、頭部外傷Ⅱ型、側頭部打撲となっています。
しかし、事故後の意識障害や耳出血を重視し、神経耳鼻科を受診したことが功を奏しました。
いずれも、ターゲットCTで微少な骨折線と耳小骨連鎖の離断が確認され、早期の鼓室形成術により、後遺障害を最小限に押さえ込むことができたのです。
その他に、側頭部打撲で難聴、耳鳴り、耳閉感を訴える被害者はたくさんおられますが、ほとんどは一過性であり、症状を6カ月も残すことはありません。
やはり、意識障害と耳出血を起こすほどの外力が働かないと、耳小骨の損傷には結びつかないと推測しているところです。
※鼓膜
9×10mmの楕円形で、厚さ.1mm、外耳道の突き当たりに位置し、外耳道に対して、30°傾斜しており、空気の振動に敏感に反応して、振動しています。
※鼓室
鼓膜の内側から中耳となり、鼓膜の内側は、空気に満たされ、音を伝えるのに適した状態に保たれている鼓室です。
※人工鼓膜
鼓室形成術で作成される鼓膜は、患者の耳の上部にある側頭筋膜を用いて再生鼓膜としており、耳小骨についても、患者自身の耳介軟骨を用いて作り替えられています。
人工のものを装着しているのではありません。
※難聴の後遺障害等級
両耳の聴力に関するもの | |
等級 | 聴力障害の内容 |
4 | 3:両耳の聴力をまったく失ったもの |
平均純音聴力レベルが90dB以上または80dB以上で、かつ最高明瞭度が30%以下のもの | |
6 | 3:両耳の聴力が耳に接しなければ大声を解することができない程度になったもの |
80dB以上または50~80dB未満で、かつ最高明瞭度が30%以下のもの | |
6 | 4:1耳の聴力をまったく失い、他耳の聴力が40cm以上の距離では、普通の話声を解することができない程度になったもの |
1耳が90dB以上、かつ、他耳が70dB以上のもの | |
7 | 2:両耳聴力が40cm以上の距離では、普通の話声を解することができない程度になったもの |
両耳が50dB以上で、かつ最高明瞭度が50%以下のもの | |
7 | 3:1耳の聴力をまったく失い、他耳の聴力が1m以上の距離では普通の話声を解することができない程度になったもの |
1耳が90dB以上で、かつ、他耳が60dB以上のもの | |
9 | 7:両耳の聴力が1m以上の距離では普通の話し声を解することができない程度になったもの |
両耳が60dB以上または50dB以上で、かつ、最高明瞭度が70%以下のもの | |
9 | 8:1耳の聴力が耳に接しなければ大声を解することができない程度になり、他耳の聴力が1m以上の距離では普通の話し声を解することが困難である程度になったもの |
1耳が80dB以上で、かつ他耳が50dB以上のもの | |
10 | 5:両耳の聴力が1m以上の距離で普通の話し声を解することが困難である程度になったもの |
両耳が50dB以上または40dB以上で、かつ最高明瞭度が70%以下のもの | |
11 | 5:両耳の聴力が1m以上の距離では小声を解することができない程度になったもの |
両耳が40dB以上のもの |
※両耳の聴力レベルと最高明瞭度との組み合わせによる認定基準一覧表
※1耳と他耳との聴力レベルの組み合わせによる認定基準一覧表
視力では、メガネやコンタクトレンズで矯正された視力で後遺障害等級を認定していますが、難聴では、補聴器で矯正されない裸の聴力で等級が認定されています。
なお、伝音性難聴は、補聴器で矯正することができます。
※耳の聴力レベルと最高明瞭度との組み合わせによる認定基準一覧表