(9)外傷性食道破裂(しょくどうはれつ)

嚥下障害

鼻と口の構造

(1)病態

交通事故では、胸部に対する強い打撃、圧迫により、少数例ではありますが、発生しています。
ネット上の論文検索では、
①交通事故による第3胸椎破裂骨折に合併したもの、②樹木からの落下で胸部を打撲したもの、
③野球でのヘッドスライディングによる胸部圧迫、④風呂場での転倒による胸部の打撲、
などで、外傷性食道破裂が報告されています。
⑤変わったところでは、食器を運搬中に転倒して、箸が右頚部から刺入し外傷性食道損傷となったものもあります。①~⑤の詳細は、最後に掲載しています。

NPOジコイチでは、福井県で発生した交通事故で、外傷性食道破裂を経験しています。
35歳の専業主婦ですが、乗用車の後部座席に乗車中、相手軽トラックのセンターラインオーバーで正面衝突を受け、助手席の実母と軽トラックの運転者が、ほぼ即死する劣悪な交通事故でした。

(2)症状

受傷直後の自覚症状は、胸部痛と軽度の呼吸困難でした。
地元の医大系病院に救急搬送され、顔面挫創、胸部XP、CTで、肋骨の多発骨折、縦隔気腫が確認され、緊急的に左胸腔ドレナージが実施されました。
ところが、急激な呼吸状態の悪化が見られ、胸腔ドレナージを中断、気管挿管となりました。

(3)治療

呼吸状態が安定し、左胸腔ドレナージを再開したところ、悪臭を伴う気体の排出や膿性胸水が認められたところから、上部消化管内視鏡検査を実施、食道左壁に裂孔を認め、外傷性食道破裂と診断、緊急オペで食道縫合閉鎖術が実施されました。

幸い、受傷から24時間以内に、食道破裂が発見、縦隔炎も軽度であったため、先のオペで改善が得られたのですが、その後、被害者は、食道狭窄に伴う嚥下障害で苦しむことになります。
嚥下造影検査で、食道狭窄を認めたことから、バルーンによる食道拡張術が実施され、一定の改善は得られたのですが、タクアンなどの固形物の嚥下が困難な状態であり、10級3号が、顔面の醜状痕で7級12号、併合6級が認定されました。

治療では、呼吸路の確保が先決となります。
呼吸困難では、気管切開で気道を確保しなければなりません。
小さな食道穿孔で、縦隔炎が軽度のときは、禁飲食、高カロリー輸液による保存的な治療が行われ、改善が得られています。しかし、それ以外では、外科的食道修復術およびドレナージ術を直ちに行う必要があります。
破裂してからの時間経過が短く、縦隔炎が軽度で食道の状態が良好であれば、食道壁を直接縫合する食道修復術が行われています。

破裂してからの時間経過が24時間以上と長く、縦隔炎が高度であって、食道の状態が不良なときは、緊急的に食道の全摘術が実施され、縦隔炎が落ちついてから胃管を使用した吊り上げ術などで食道再建術が行われています。

胃管吊り上げ術

4)論文の事故例

①75歳男性、歩行中の交通事故により受傷
⇒胸部CTとMRIにて右血胸、縦隔血腫、頚椎骨折、第3胸椎破裂骨折を認め、ICUで管理
⇒受傷4日後、呼吸状態悪化、人工呼吸を開始、
⇒右胸腔ドレーンより血性排液あり、翌日、膿性排液となり、CTで血胸の増悪と縦隔気腫を認める。
⇒受傷6日後の内視鏡検査で、食道穿孔を認め、外傷性食道破裂と診断、同日緊急手術。
⇒食道部分切除、食道瘻造設、開腹下胃瘻、腸瘻造設術施行、
⇒食道破裂は胸椎骨折の骨片による損傷が原因と診断した。

②57歳の女性、木から落下、翌日より、嚥下での胸部痛とつかえ感が出現、近医を受診する。
⇒食道内視鏡検査にて下部食道に約2cmの潰瘍と左右に深い粘膜裂傷を伴う狭窄を認める、
⇒超音波内視鏡=EUS検査で食道壁は全層にわたり肥厚、壁構造は消失していた。
⇒狭窄部が瘢痕化した後、バルーンによる食道拡張を施行し, 狭窄症状の改善を認める。
保存的治療にて改善、狭窄瘢痕部位はバルーンによる食道拡張術で軽快、12カ月経過後も再狭窄は認められていない。

③15歳,男性、野球でヘッドスライディングをしたあと、前胸部痛が出現し、水を飲んだ直後に、,前胸部がしみる感じを訴える。
⇒.胸部XP、CT検査で縦隔気腫と診断する。
⇒縦隔気腫の原因精査のため、上部消化管内視鏡検査を施行する。
⇒食道入口部に約3cmにわたる裂創を認める。
外傷性食道破裂に伴う縦隔気腫と診断
⇒厳重な経過観察、絶食と抗生物質の投与による保存的治療にて軽快する。

④71歳の女性が、昼食後に入浴し、立ち上がった際に意識を消失して転倒する。
⇒意識は回復するも、強い胸部痛と呼吸困難が出現したため、当院へ搬送される。
⇒胸部CTで左気胸、左胸腔内の食物残渣状の胸水貯留、胸部下部食道壁の肥厚を認めたが、外傷性変化は見られない。
⇒胸腔ドレナージ後に内視鏡検査で胸部下部食道に穿孔を確認、緊急手術を実施する。
⇒開胸で、食物残渣を混じた胸水が貯留し、胸部下部食道左側壁に3.5cmの穿孔を認める。
⇒1期的縫合閉鎖, 洗浄, ドレナージを行う、
⇒術後食道造影XP検査では縫合不全や狭窄はなく、食事摂取も良好であった。
創感染と日常生活動作の低下で入院が長期化するも、術後58日目に退院する。
⇒食道破裂は、転倒による圧上昇が原因と推測された。
鈍的外傷では食道破裂も念頭におく必要がある。

⑤19歳の女性が食器運搬中に転倒し、箸が右頚部から刺入する。
⇒抜去することなく来院
⇒内視鏡で食道損傷と診断
⇒箸の摘出と食道縫合閉鎖術が実施されました。
なにより、箸が突き刺さった状態で搬送されており、容易に、食道損傷を発見することができました。
しかし、論文によれば、箸刺入傷は23例も報告されており、これは驚きでした。

(5)後遺障害のポイント

嚥下障害の立証など後遺障害のポイントは、次の咽頭外傷のところでまとめて解説しています。