(5)嗅覚脱失(きゅうかくだっしつ)

(1)病態

嗅覚の脱失は、鼻本体の外傷ではなく、頭蓋的骨折と頭部外傷後の高次脳機能障害、特に、前頭葉の損傷で発症しています。これらは、嗅神経の損傷を原因としたものであり、治療で完治させることができません。

例外的に、多重追突で、外傷性頚部症候群の男性被害者に嗅覚と味覚の脱失を経験しています。
頭部外傷がなく、絶望的な思いでしたが、事故受傷直後から自覚症状を訴えており、そのことは、カルテ開示においても確認できました。
検査結果でも、嗅覚・味覚の脱失を立証でき、嘘ではないと確信し、被害者請求で申請したのです。
Giroj調査事務所は、7カ月を要して、嗅覚の脱失のみを12級相当として認定してくれたのです。

(2)後遺障害のポイント

1)T&Tオルファクトメータ検査で立証、検査結果は、オルファクトグラムで表示されます。

T&Tオルファクトメータ検査

バラの香り、焦げた匂い、腐敗臭、甘い香り、糞の臭い、5種類の匂いを嗅がせ、濃淡0~5まで段階で評価します。特に腐敗臭では、検査室に同席していると、強烈に臭ってきますが、嗅覚の脱失では、この強烈な臭いを感じることができません。
検査に要する時間は、およそ20分です。

認知域値の平均嗅力損失値で、5.6 以上は、嗅覚脱失で12級相当が認定されています。
2.6~5.5以下は、嗅覚の減退と判断され、14級相当が認定されます。
2.5以下は、非該当となります。

等級 嗅覚・鼻呼吸の後遺障害 自賠責 喪失率
12 嗅覚を脱失または鼻呼吸困難が存するもの 224 14
嗅覚の脱失とは T&Tオルファクトメータで5.6以上のもの
14 嗅覚の減退するもの 75 5
嗅覚の減退とは T&Tオルファクトメータで 2.6~5.5以下のもの

2)アリナミンPテスト
もう一つの、静脈性嗅覚検査と呼ばれる、嗅覚障害の有無や程度を調べる検査です。
ニンニク臭を感じるようになる注射液を静脈に注射し、ニンニク臭を感じ始めてから消えるまでの時間を測定するもので、注射液が静脈から肺に流れ、それが呼気に排出され、後鼻孔から嗅裂に達し刺激臭になるのですが、この注射開始から臭いの感覚が生じるまでの時間を潜伏時間、臭いの感覚が起きてから消えるまでの時間を持続時間として、その間隔を開始〇秒、消失〇秒として測定します。

アリナミンPテスト、プルスチルアミンとはニンニクとビタミンB1の化合によりできるもので、市販されているビタミン剤には含まれています。
元気になる、元気が持続する薬ですが、検査した被害者は、甘い匂いを感じたそうです。

他に、アリナミンFテストがあります。
フルスルチアミンというビタミンB1誘導体で、多くのアリナミン剤の主成分です。
このフルスルチアミンを使った検査は、ゴマカシが可能として、Giroj調査事務所は排除しています。

ポイントは、アリナミンPテストは、嗅覚がまったくダメになったか、嗅覚を感じるまでの反応が鈍くなったことを解明するにとどまることです。つまり、12級か非該当のどちらかの評価しか、できないのです。

その点、T&Tオルファクトメータは、臭いの種別と程度を数値化できますので、12級、14級に加え、非該当の評価が可能であり、この検査を選択すれば、それらの問題は生じません。

結論 嗅覚は、T&Tオルファクトメータ検査を選択、アリナミンテストは排除してください。

T&Tオルファクトメーター検査数値の見方について

T&Tオルファクトメーター検査キット

嗅覚の検査ではお馴染みの検査キットです。
嗅党の検査では、他に静脈注射のアリナミンPテストがありますが、しかし、①どんな臭いが? ②どれくらい臭わなくなったか? これらを明らかにするには、T&Tオルファクトメーター検査が必要です。
12級、14級、もしくは非該当を判定することができます。

臭いの種類 臭いの中味 臭いの種別
①β―フェニルエチルアルコール バラの匂い、軽くて甘い匂い、 バラ香
②メチルシクロベンテノロン 焦げた匂い、カラメル臭 焦臭
③イソ吉草酸 腐敗臭、古靴下、納豆、汗臭 腐敗臭
④Y― ウンデカラクトン 桃の缶詰の匂い、甘くて重い匂い 甘香
⑤スカトール 野菜暦の匂い、糞臭、口臭 糞臭

基準臭覚検査表

準臭覚検査表

※検査手順
①検査者は、ニオイ紙の一端を持ち、他端を1cm嗅覚測定用基準臭の中に浸してから、被検者に手渡し、被検者は、基準臭のついたニオイ紙の先端を鼻先約1cmに近付けて臭いを嗅ぎます。
②臭いを感じた濃度1~5(○)、どんな感じの臭い、分かった濃度で1~5(×)、そして判定不能5~(↓)を判定できるまで、一段、一段、濃度を強くしていきます。

※表の見方
検知域値(臭いが分かる==○
認知域値(臭いを区別できる)=×
スケールアウト、全く臭わない、測定不能=↓
これらの3つを記録します。
薬品の濃度は8段階、正常値の臭いの濃度は、2~0で、濃度は最高5まで。
1段階上がるごとに臭いの濃さは10倍になります。

認知域値は検知域値と同じか1段階上のことが多く、3つ以上乖離しているときは、重度の脳中枢障害の可能性が予想されます。

※数値の計算方法
嗅覚障害者が生活上での困窮するのは、臭いがしないこと、臭いが区別できないことです。
したがつて、判定には認知域値を用います。
最高濃度5でも認知不能のときは、それぞれ最高濃度に1を加えて6として計算します。
※ ただし、B焦臭のみ、4が認知できないときは、5を最高として計算します。
(A+B+C+D+E)÷5=数値

※後遺障害等級の判定
労災保険、自賠責保険では以下の基準で等級を測ります。
数値5.6以上は、嗅覚脱失と判定され、12級相当、
数値2.6以上5.5以下は、嗅覚の減退と判定され、14級相当、

T&Tオルファクトメータ検査結果は、オルファクトグラムで表示され、発行されています。
そこには、○検知域値、×認知域値、↓スケールアウトが表示されているだけで、数値や等級が記載されているのではありません。表の見方、計算方法を知っておかないと等級にたどり着けません。

演習
実際に計算、等級を判定して見よう、

問題1 安達さん
数値は(     )      嗅覚は、脱失・減退・正常   等級は   級相当

問題2 野口さん
数値は(     )      嗅覚は、脱失・減退・正常   等級は   級相当

回答
問題1 (6+5+6+6+6)÷5=5.8 嗅覚脱失 12級相当
問題2 (5+2+6+3+1)÷5=3.4 嗅覚減退 14級相当