(10)咽頭外傷(いんとうがいしょう)

呼吸障害、嚥下障害、開口障害、嗄声、発声障害

喉の構造

ヒトの咽頭は、鼻・口から入った空気が、気管・肺へと向かう通り道と、口から入った食物が、食道から胃へと向かう通り道の交差点であり、空気と食物の通過仕分けをしています。

喉頭は気管の入り口にあり、喉頭蓋=喉頭の蓋や声帯を有しています。
喉頭蓋や声帯は、呼吸では開放されており、物を呑み込むときには、かたく閉鎖され、瞬間的には、呼吸を停止させ、食物が喉頭や気管へ流入することを防止しています。
声帯は、発声では、適度な強さで閉じられ、吐く息で振動しながら声を出しています。
喉頭は、①呼吸する、②食物を呑み込む、③声を出す、3つの重要な役目を果たしているのです。

(1)病態

咽頭外傷は、広い意味で、食道破裂のカテゴリーですが、交通事故では、受傷機転が異なります。
そして、件数においては、圧倒的に咽頭外傷が多いので、ここで解説しておきます。

喉頭部に対する強い外力で、咽頭外傷が発生し、咽頭部の皮下血腫、皮下出血、喉頭軟骨脱臼・骨折などを発症します。プロレスの技で言えば、ラリアットをイメージしてください。
交通事故で、大きな外力を前方向から喉頭に受けると、後方に脊椎があるため、前後から押しつぶされる形となり、多彩な損傷をきたし、呼吸、発声、嚥下の障害を引き起こすのです。

(2)症状

症状として、事故直後は、破裂した部位の疼痛を訴え、痛みで失神することもあります。
2次的には、食道が破裂、損傷することにより、縦隔気腫、縦隔血腫を、食道内の食物が、縦隔内に散乱して、縦隔炎を合併し、それらに伴って、呼吸困難、咳、痰、発熱などの症状が出現します。
頚部や胸部の皮下に皮下気腫を認めることもあります。
重症例では、食道からの出血に伴い貧血、出血性ショック症状を合併することもあり、要注意です。

※縦隔気腫・縦隔血腫
縦隔の内部に空気が漏れ出したものを縦隔気腫、血液が溜まったものを縦隔血腫といい、どちらも胸部の外傷が原因で、気管、食道、血管などから空気や血液が漏れ出し、重篤な症状をもたらします。

(3)治療

まず交通事故による鈍的外傷では、なにより、呼吸路の確保が優先されます。
呼吸困難では、必ず、気管を切開して気道を確保します。

軽いものでは、安静と、声帯浮腫を防止する必要から喉頭ネブライザーの併用ですが、通常は、呼吸が確保されていることを前提に、喉頭内視鏡検査、CTなどの画像診断、喉頭機能、呼吸、嚥下、発声を評価する各種検査が実施されます。
骨折整復は、受傷後早期に行う必要があり、手術で軟骨の露出、喉頭を切開、損傷した部位の粘膜縫合や骨折整復の手術が行われています。


ネブライザー=吸入器

(4)後遺障害のポイント

1)論文による外傷性食道破裂は、箸の刺入による23例を含めても、35例しか報告されていません。
つまり、外傷性食道破裂は、少数例であり、発見が遅れることも予想されます。
外傷性食道損傷の死亡例は、保存的治療3例中2例で66.7%、手術的治療31例中1例で3.2%です。
死亡例では、縦隔炎から敗血症などの重篤な症状を発症しているものがほとんどです。
受傷から24時間以内に1期的閉鎖術となった11例で、縫合不全は1例ですが、24時間以降では、1期的閉鎖術5例中4例で80%が縫合不全をきたしており、ドレナージ術12例中3例で25%が再手術を余儀なくされています。本外傷では、早期の外科的手術が必要と報告されています。

※敗血症
縦隔内に食物残渣が散らばると、感染症である縦隔炎を発症します。
縦隔炎から血液中に病原体が入り込んで、重篤な症状を引き起こす症候群を敗血症と言います。

2)外傷性食道破裂後に想定される後遺障害は、瘢痕性食道狭窄による嚥下(えんげ)障害です。

嚥下(えんげ)障害

交通事故では、咽頭外傷で舌の異常や、食道の狭窄をきたしたとき、頭部外傷後の高次脳機能障害により咽頭支配神経が麻痺したこと、頚椎前方固定術後で、椎体後方の食道や気管を圧迫したときに、また、少数例ですが、外傷性食道破裂でも、複数例の嚥下障害を経験しています。

嚥下障害とは、飲食物の咀嚼や飲み込みが困難になることをいいます。
咀嚼した食物は、舌により咽頭へ送り込まれて、飲み下すのですが、そのときは、軟口蓋が挙上して、口腔と鼻腔が遮断、喉頭蓋で気管に蓋をし、飲み込む瞬間だけに開き、食道へと送り込まれているのです。これらの複雑な運動に関わる神経や筋肉に障害が生じたときに、嚥下障害を発症します。

喉の構造

嚥下障害では、①食物摂取障害による栄養低下、②食物の気道への流入=誤嚥による嚥下性肺炎=誤嚥性肺炎が問題となり、大変厄介で、被害者を苦しめる障害です。

3)嚥下障害の立証

瘢痕性食道狭窄は、耳鼻咽喉科における喉頭ファイバー=内視鏡検査で立証しています。

喉頭ファイバー=内視鏡検査

下咽頭や喉頭の機能を確認するには、喉頭ファイバースコープによる内視鏡検査が必要です。
誤嚥の有無は、検査食で行う嚥下内視鏡検査にて、判定することができます。

実際に食べ物がどのように飲み込まれるかを調べるには、造影剤を用いて嚥下状態をXP透視下に観察する嚥下造影検査(VF)で立証しています。
造影剤を使用して嚥下状態をX線透視下に観察する嚥下造影検査は、実際に食べ物がどのように飲み込まれるかを調べることができ、信頼性の高い検査ですが、誤嚥が発生する可能性が高いときは、この検査を実施することができません。

嚥下造影検査(VF)

舌の運動性は、口腔期の食べ物の移動に、咽頭の知覚は咽頭期を引き起こすのに重要です。
下咽頭や喉頭の嚥下機能を確認するには、実際に食物などを嚥下させて誤嚥などを検出する、嚥下内視鏡検査もあります。

4)頚椎前方固定術後の嚥下障害
①57歳男性ですが、青信号で横断歩道を歩行中に、対向右折車にはね飛ばされました。
頚椎、C5/6の脱臼骨折と診断され、前方固定術が実施されたのですが、右半身麻痺による歩行困難、右上肢の脱力などの脊髄症状を残し、9級10号が認定されています。

治療先には、追加的に、X線透視下の嚥下造影検査(VF)、頚椎MRIの撮影を依頼し、前方固定部の骨化が進行し、椎体前方の食道や気管を圧迫していることを立証しました。
以上から、嚥下障害と診断され、Giroj調査事務所に対して、異議の申立を行いました。
嚥下困難は、C5/6頚椎脱臼骨折および頚椎前方固定術に起因するものと捉えられ、お粥、うどん、軟らかい魚肉またはこれに準ずる程度の飲食物でなければ摂取できないところから、6級相当が認定され、これらの等級は、併合され、併合5級が確定しました。

②もう1例も、C4/5頚椎前方固定術後に、嚥下障害を発症しています。
上記に比較すれば軽度なものですが、飲食時に、むせ込むことが頻繁にありました。
耳鼻咽喉科における咽頭知覚検査で、咽頭反射が減弱していることを立証した結果、10級相当が認定されました。頚椎の脱臼骨折などで前方固定術が行われたときは、嚥下障害に要注意です。

※咽頭知覚検査
鼻腔内に直径2mmのカテーテルを挿入、仰臥位になり、常温の生理食塩水を1ml、次に冷水を1ml注入、自然嚥下までの時間を測定するもので、咽頭知覚時間の正常値は5.9±1..3秒、嚥下障害では、時間が長くなります。

嚥下障害の後遺障害等級は、そしゃく障害の等級を準用して適用しています。
そしゃくの等級表を嚥下と読み替えて、判断することになります。
さらに、そしゃくと嚥下障害は併合されることはなく、いずれか上位の等級が選択されています。
このことも、覚えておくべき情報です。

5)咽頭外傷では、嚥下障害以外にも、呼吸障害や発声障害を残すことが予想されます。
呼吸障害の立証は、胸腹部臓器の傷病名と後遺障害⇒気管・気管支断裂で解説しています。

①ここでは、発声障害の検査による立証を解説します。

喉の構造

ちなみに、人の発声器官は咽頭です。
咽頭には、左右の声帯があり、この間の声門が、筋肉の働きで狭くなって、呼気が十分な圧力で吹き出されると、声帯が振動し、声となるのです。
この声は口腔の形の変化によって語音に形成され、一定の順序に連結されて、初めて言語となります。 語音を一定の順序に連結することを綴音というのです。
語音はあいうえおの母音と、それ以外の子音とに区別されます。
子音はさらに、口唇音・歯舌音・口蓋音・咽頭音の4種に区別されます。

4種の子音とは、
①※口唇音(ま、ぱ、ば、わ行音、ふ)
②歯舌音(な、た、だ、ら、さ、ざ行音、しゅ、じゅ、し)
③口蓋音(か、が、や行音、ひ、にゅ、ぎゅ、ん)
④咽頭音(は行音) をいいます。

①言語の機能を廃したものとは先の4種の語音のうち、3種以上の発音が不能になったものをいい、3級 2号が認定されます。

②言語の機能に著しい障害を残すとは、4種の語音のうち2種が発音不能になった状況または綴音機能に障害があり、言語のみでは意思を疎通させることができない状況で、6級2号が認定されます。

③言語の機能に障害を残すものとは、4種の語音のうち1種の発音不能のものであり、10級3 号が認定されます。

発声障害を立証する代表的検査は、喉頭ファイバースコープ検査です。
椅子に座った状態で、直径3mmの軟性ファイバースコープを鼻から挿入して検査が行われます。
上咽頭、中咽頭、下咽頭、声帯、喉頭蓋、披裂部など、のどの重要部分について形態、色調、左右の対称性、運動障害の有無を画像で立証しなければなりません。

その後、4種の構音の内、どれが発音不能かは、音響検査と発声・発語機能検査を受け、検査データーを回収して立証することになります。

音響分析検査
音響分析検査

発声・発語検査装置
発声・発語検査装置

②かすれ声、嗄声は、喉頭ストロボスコープで立証します。

喉頭ストロボスコープ
喉頭ストロボスコープ

これは、高速ストロボを利用して声帯振動をスローモーションで観察する装置です。
スローモーションで見ることで、声帯の一部が硬化している、左右の声帯に重さや張りの違いが生じておこる不規則振動を捉え、検査データにより、嗄声を立証しています。
嗄声を立証すれば、12級相当が認定されます。

なんでもないこと、簡単なことのようですが、実は、立証作業では、毎回、大汗をかいています。
耳鼻咽喉科における各種の検査で、嚥下や言語の障害を立証するのですが、ほとんどの医師に、交通事故後遺障害診断の経験則がありません。

そしゃくと言語の機能の両方に著しい障害を残しているときは、立証により4級2号が認定されます。
まず、そしゃくについては、喉頭ファイバー検査で、瘢痕性食道狭窄などの異常所見を発見しなければなりません。その上で、実際の嚥下障害は、嚥下造影検査で具体的に立証することになります。

次に、言語については、喉頭ファイバースコピーで仮声帯、声帯と、その周辺部の異常所見の発見をお願いし、発声・発語機能検査、音響検査で言語障害のレベルを立証することになり、4級2号を確定させるには、手間のかかる5つの検査をお願いし、その結果について、後遺障害診断書に記載を受け、なおかつ、画像と検査データの回収をしなければなりません。

医師の協力が簡単に得られる? そのような甘い考えでは、簡単に叩き潰されます。
全ての交通事故後遺障害は、
①どこを怪我したの? ②どんな治療を受けてきたの? ③どこまで改善し、どんな障害を残したの?
上記の3つを、主に画像を中心として、各検査などで立証しなければならないのです。
①と②は、受傷直後の画像、診断書と診療報酬明細書で確認することができるので、簡単です。

ところが③の立証では、医師の理解と協力が欠かせないのです。
医師には、限られた面談時間内で、必要性について、丁寧しかも簡潔に説明しなければなりません。
罵倒され、ののしられても、医師と喧嘩することは許されません。
ひたすらに、頭と腰を低くして、丁寧に、ホンの少し、しつこくお願いしなければならないのです。
誰にでもできることではありません。