(40)右手首の腱鞘炎と前腕部の炎症

ヤンキースは、2017-4-28、田中将大投手の15日間のDLリスト入りを発表しました。
右手首の腱鞘炎と右前腕部の軽い張りとの診断で、2014年に故障した右肘に異常は見られないとのことで、その通りであれば、不幸中の幸いです。
今後7~10日間は、ノースロー調整を行い、復帰は1カ月後の見込みです。

※DL 
Disabled List メジャー公認の医師が、怪我で試合出場が困難と診断した選手を登録するリスト

腱鞘

※腱鞘  腱が通るトンネル
※長母指外転筋腱  親指を伸ばす働きをしています。
※短母指伸筋腱  親指を広げる働きをしています。

(1)ド・ケルバン病=狭窄症腱鞘炎

ド・ケルバン

(1)病態

右手首の腱鞘炎で代表的なものは、ド・ケルバン病です。
腱鞘炎と聞けば、パソコンやスマホの使い過ぎをイメージしますが、まして、ド・ケルバン病では、病がついており、交通事故とは関係のない疾患と予想されます。
ところが、どうしてか、交通事故外傷でも、ド・ケルバン病=狭窄症腱鞘炎は発生しており、緻密に立証すれば、後遺障害も認定されているのです。

ド・ケルバン病は、長母指外転筋腱と短母指伸筋腱が、腱が通過する腱鞘で狭窄された状態です。
腱鞘、腱が走行するトンネルが炎症し、トンネルの空間が狭められて腱の滑走が妨げられたのです。

(2)症状

症状は、手首の腫れ、親指の痺れ、熱感があり、親指を動かすときに痛みが生じ、モノを掴んだり持ち上げたりすることが困難になります。
スポーツでは、テニスをしている人、中年の女性に多いと報告されています。
最近はスマートフォンの流行で、ドケルバン病になる人が増えていると新聞で話題になりました。

(3)診断と治療

親指を曲げ、グー状態で小指側に手首を曲げると激痛が走るフィンケルシュタインテストにより、診断されています。


保存療法

ステロイドの注射

腱鞘切開術

①安静下で、軟膏で炎症を抑え、装具による固定を行うもの、
②腱鞘内にステロイド注射を行い、装具で固定するもの、
③局所麻酔により、皮下腱鞘の切開を行う、日帰り手術となるもの、
治療は、上記の3種類で、常識的には、後遺障害を残しません。

(4)後遺障害のポイント

1)早期に、上記の①②③の治療で対応されたものでは、後遺障害を残すことはありません。
完全治癒となります。

2)ところが、腱鞘炎を放置した結果、症状が悪化したものは、最悪では、筋肉が拘縮し、手関節や親指を動かすことができなくなります。そうなると、局所麻酔による皮下腱鞘の切開では済まなくなり、直視下のオペとなりますが、炎症は古傷で陳旧化しており、絞扼、圧迫を排除しても、完全治癒は不可能な状況となっています。後遺障害を残すのは、こんなケースに限られます。

(5)NPOジコイチの経験則

バイクを運転し、交差点を直進中、対向右折車と出合い頭衝突し、道路脇の電柱に跳ね飛ばされた32歳会社員で、初めて、ド・ケルバン病=狭窄症腱鞘炎を経験しています。
本件の被害者は、右脛・腓骨の骨幹部開放性粉砕骨折があり、脛骨は、内固定術を受けています。
当然に、治療の重点は右下腿の骨折であり、ド・ケルバン病は、患者の訴えを聞き置くだけで、放置されていました。右下腿骨は、脛骨粉砕骨折がAOプレートで内固定され、腓骨は固定されず、そのままとなりました。受傷から8カ月で症状固定とし、脛骨の骨短縮1cm以上で13級8号、腓骨の偽関節で12級8号、ド・ケルバン病は非該当で、併合11級が認定されました。

さて、ド・ケルバン病ですが、受傷から4カ月目に撮影したMRIにややぼやけてはいますが、高輝度所見があり、炎症反応は間違いないものでした。この間の治療は、保存的で軟膏の塗布のみです。
被害者の訴えは、右手関節部、親指のつけ根部分の疼痛であり、痛みを原因とした右手関節と親指のMCP関節の可動域制限で、手首の捻りでも疼痛が生じ、右手では重い荷物も持てないなどでした。

腱鞘の切開術を受け、2カ月を経過しましたが、右手関節の可動域は、背屈50°掌屈70°左手関節の4分の3以下で12級6号を満たしています。ただし、右親指はMCPの屈曲が40°IPの屈曲が70°で2分の1以下には達していません。

主治医には、狭窄症腱鞘炎が陳旧化し、周辺筋肉が拘縮していることについて追加的に診断書の作成を依頼し、腱鞘切開術を実施したときのビデオ画像を添付して異議申立を行いました。
結果、12級13号が認定され、先の等級は、併合10級となりました。
願わくば、手関節の機能障害で12級6号でしたが、なにを言っても、腱鞘炎ですから、将来の改善も期待できるところから、12級13号で上出来と判断し、被害者も納得しました。

(2)ばね指

ばね指

(1)病態

ご自身の右手の甲を観察してください。
手指を伸ばすと、手の甲側に、筋状のものが浮き上がります。
浮き上がった筋状の組織を伸筋腱と呼び、指を伸ばす役割を果たしているのです。
ところが、右手で拳を作ると、伸筋腱が浮き上がってくることはありません。
これは、腱鞘が、腱の浮き上がりをコントロールしているからです。
ところどころにある腱鞘の中を腱が通り、腱の走行を安定させて、筋肉の力を骨に伝えていす。
手のひら側にも屈筋腱が存在しているのですが、手のひらは厚いので、屈筋腱は観察できません。
手の甲と同じく、各関節に腱鞘があり、腱が浮き上がるのを抑えています。

屈筋腱

ヒトは、指を曲げて物を掴み、押す作業を繰り返しており、腱と腱鞘は、常に擦れあっているのです。
手を使い過ぎると、腱鞘の内側の柔らかい膜、滑膜が炎症を起こし、痛みや運動障害を起こします。
これが腱鞘炎と呼ばれるものです。

(2)症状

ばね指は、指を伸ばす際に、バネが弾かれたような動きをするところから名付けられています。
ばね指も腱鞘炎の1つで、弾撥指(だんぱつし)とも呼ばれています。
指を伸ばそうと力を加えると、カクンと跳ね上がることから、そのように呼ばれているのです。

指の曲げ伸ばしがスムースでなくなり、指を伸ばすときに、引っかかりを生じるようになります。
痛み、腫れは、指の付け根に感じることが多く、親指、中指に多発しています。
さらなる悪化では、引っかかりにとどまらず、指を伸ばすことができなくなります。

腱鞘が肥厚して、腱鞘の中の腱が滑走できなくなるとは、腱鞘炎とは、刀の鞘が詰まって、剣を抜くことができなくなる状態と覚えてください。

(3)検査・治療

ばね指では、触診で、MCP関節の手のひら側を圧迫すると、痛みが出現します。
触診で、指を伸ばす動作をさせると、腱が擦れ合うことを感知することができます。
これらの臨床症状により、ばね指が診断されています。
治療は、ド・ケルバン病と同じですが、装具による固定は行われません。
①安静下で、指の動作を制限し、軟膏で炎症を抑える、
②腱鞘内にステロイド、トリアムシノロンの注射を行う、
③局所麻酔により、皮下腱鞘の切開を行う、日帰り手術となるもの、

(4)後遺障害のポイント

1)手指の骨折に伴って、ばね指を発症することは、交通事故でも、あり得る状況ですが、ド・ケルバン病と違い、これまでに、経験則はありません。
今後、経験することがあれば、MRIで器質的な損傷立証し、治療と症状の経過から、痛みの神経症状で14級9号を目指すことを考えています。

2)ばね指は、日常、手指を酷使する人に見られることが多い疾患と認識されていますが、妊娠中や産後・更年期の女性に多く見られ、ホルモンとの関連性も報告されています。
やはり、交通事故で、ばね指を発症する可能性は低いのかも知れません。