(7)側頭骨骨折(迷路骨折)

側頭骨骨折

1)病態

側頭骨は、イラストの青色の部分、耳の周りにある骨で、脳を保護している頭蓋骨の一部です。
側頭骨は、大きくは、上部の鱗状部と下部の錐体部の2つに分類されています。

側頭骨

交通事故による直接の打撃では、耳介の上の部分、鱗状部の縦方向の亀裂骨折が多く、この部位の縦骨折では、大きな障害を残すことはありません。
しかし、後頭部からの衝撃により、錐体部を横方向に骨折すると、内耳や顔面神経を損傷することになり、オペが実施されたとしても、治癒は困難であり、確実に後遺障害を残します。

側頭骨骨折の内、骨折線が迷路骨包を横切るものは、迷路骨折とも呼ばれています。

2)症状

錐体部は、頭蓋の内側に入りこんでいて、中耳や内耳、顔面神経などを保護しています。
錐体内部には、内耳・内耳道が走行しており、この部位を骨折すると、感音性難聴やめまいの症状が出現し、また、錐体部を構成する鼓室骨、錐体骨、乳様突起に囲まれた形で中耳があり、外耳道と耳管で外へ通じているのですが、耳小骨の離断や鼓膜の損傷・中耳腔ヘの出血により伝音性難聴をきたすことも十分に予想されます。
聞こえが悪いときは、骨折が中耳におよんで、鼓膜が破れ、耳小骨が損傷していることが予想され、耳鳴り、めまいを合併していると、内耳も障害されていることを示唆しています。

顔面神経は、脳を出てから側頭骨、耳骨の中を走行し、骨から外に出ると、耳下腺の中で眼、鼻、口と唇に向かう3つの枝に分かれて、それぞれの筋肉に分布しています。
顔面神経麻痺は、通常、顔面のどちらか半分に起こります。

症状は、顔の半分を意識的に動かすことができず、笑うと顔がゆがむ、眼を閉じることができない、片方の口角が下垂する、口から水がこぼれる、などの症状が出現します。
その他、麻痺側の舌半分の味覚がなくなることや、涙の出が悪いことなどがあげられます。

中耳は外界へ通じる空間であり、骨折により脳脊髄液や外リンパ液が漏出することがあります。
鼓膜穿孔があれば外耳道に、なければ、鼻に出血や髄液が漏出します。

3)治療

入院下で安静に保ち、頭部CT、耳のXP、側頭骨のターゲットCTで骨折の部位、程度を検査します。
感音性難聴、顔面神経麻痺の保存的治療には、副腎皮質ステロイド薬、止血薬、アデノシン三リン酸、血管拡張薬、ビタミン剤などが投与されます。

安静にしても改善しない髄液漏、顔面神経麻痺、内耳の外リンパ液が中耳に漏れ出る外リンパ瘻による急性難聴では、早期にオペが行われています。
また、受傷後、数カ月を経過しても改善しない伝音性難聴も、オペの対象です。

4)後遺障害のポイント

①頭蓋底骨折と同じく、交通事故における側頭骨骨折、迷路骨折では、高次脳機能障害のような重篤な認知障害を残すことは、ほとんどありません。
しかし、難聴、耳鳴り、めまい、ふらつき、顔面神経麻痺など、日常生活上、見過ごせない後遺障害を残すことになり、シッカリと立証して等級を獲得しなければなりません。

②本件の後遺障害では、症状を訴えるだけでは、等級の認定に至りません。
画像などにより、器質的損傷を突き止め、自覚症状との整合性を立証しなければなりません。
治療先の多くは、耳のXP、頭部のXP、CT撮影のみですが、側頭骨のターゲットCTの撮影は、後遺障害の立証では必須となります。

※側頭骨のターゲットCT
耳を中心に、耳小骨の細かい変化を撮影する方法です。
耳の構造は、骨によって作られているので、骨の変化を見ることにより、種々の外傷性変化を確認することができ、撮影時間が短く、小さな子どもでも耐えられる検査です。

側頭骨のターゲットCT

※側頭骨ターゲットCTの利点
➀ターゲットCTは、他の検査に比べて、解像度が良く、骨の描出に優れている、
➁1mm以下のスライス厚で再構成が可能で、より細かいものまで見ることができる、
➂撮影時間が5分と短く、患者さんの負担が軽い、
➃横断像だけなく、CTの3次元データから冠状断を作成することが可能である、

外耳や中耳では、その中に空気が、内耳にはリンパ液、内耳道には髄液、液体が入っています。
このように、骨以外の軟部組織や液体の観察では、MRI検査が行われています。

※高分解能CT=HRCT
1回転0.5秒の短時間高速スキャン、1回の息止めで全身の撮影が可能であり、1mm幅のスキャンによる高空間分解の画像が得られる最新鋭のCTです。
HRCTによる側頭骨のターゲット撮影であれば、完璧です。

③症状別アプローチでは、
a 難聴・耳鳴り・めまいについて
側頭骨には、聴覚の神経、体幹のバランス機能を担う平衡感覚の神経、顔面表情筋をコントロールする顔面神経など、さまざまな神経が走行しています。

側頭骨々折で、これらの神経が障害されると、神経症状が出現します。
難聴は、音を三半規管に伝える部分が障害されて起こる伝音性難聴と、三半規管から聴神経を経て脳に至る部分に起こる感音性難聴に分けられます。
伝音性難聴であれば、一定の治療が可能ですが、感音性難聴では、聴力の回復は困難となります。

聞こえが悪いときは、骨折が中耳におよび、鼓膜の破裂や、耳小骨が損傷している可能性があります。さらに、耳鳴り、めまいが合併していると、内耳も同時に障害されていることを意味しています。

難聴では、オージオメーターによる純音聴力検査とスピーチオージオメーターによる語音聴力検査の2つで立証しなければなりません。
7日間以上の間隔で、3回の検査を受け、2、3回目の測定値の平均で等級が認定されています。
9級9号、10級6号の上位等級が予想されるときは、上記の検査に加えて、ABR=聴性脳幹反応、SR=あぶみ骨筋反射検査を受けて、難聴を立証しておけば、完璧です。
詳細は、コンテンツ⇒傷病名と後遺障害⇒耳の傷病名で確認してください。

b 顔面神経麻痺について
(7)顔面神経麻痺で解説しています。

c 頭部外傷について
側頭骨は、脳を支える頭蓋を構成する骨の1つですから、脳にダメージを受けていると、意識障害も予想されます。こんなときは、高次脳機能障害の立証で対応することになります。

d 髄液耳漏、髄液鼻漏について
骨折によって、耳から出血すること、そこに細菌感染により膿みが出ることもあります。
サラサラとした水、液体が出てくるときは、脳脊髄液の流出=髄液漏が考えられます。
このようなとき、鼓膜や耳小骨、三半規管、聴神経など、聴覚にかかわる器官だけでなく、顔面神経なども変形したり、切断されたり、血液に圧迫されたりして損傷されます。
このため、難聴、強いめまい、顔面神経麻痺などがおこります。