(1)病態
側頭骨は、イラストの青色の部分、耳の周りにある骨で、脳を保護している頭蓋骨の一部です。
側頭骨は、大きくは、上部の鱗状部と下部の錐体部の2つに分類されています。
交通事故による直接の打撃では、耳介の上の部分、鱗状部の縦方向の亀裂骨折が多く、この部位の縦骨折では、大きな障害を残すことはありません。
しかし、後頭部からの衝撃により、錐体部を横方向に骨折すると、内耳や顔面神経を損傷することになり、オペが実施されたとしても、治癒は困難であり、確実に後遺障害を残します。
側頭骨骨折の内、骨折線が迷路骨包を横切るものは、迷路骨折とも呼ばれています。
(2)症状
錐体部は、頭蓋の内側に入りこんでいて、中耳や内耳、顔面神経などを保護しています。
錐体内部には、内耳・内耳道が走行しており、この部位を骨折すると、確実に、感音性難聴やめまいの症状が出現し、また、錐体部を構成する鼓室骨、錐体骨、乳様突起に囲まれた形で中耳があり、外耳道と耳管で外へ通じており、耳小骨の離断や鼓膜の損傷・中耳腔ヘの出血により伝音性難聴をきたすことも十分に予想されるのです。
聞こえが悪いとは、骨折が中耳におよんで、鼓膜が破れ、耳小骨が損傷していることが予想され、耳鳴り、めまいを合併していると、内耳も障害されていることを示唆しています。
顔面神経は、脳を出てから側頭骨、耳骨の中を走行し、骨から外に出ると、耳下腺の中で眼、鼻、口と唇に向かう3つの枝に分かれて、それぞれの筋肉に分布しています。
顔面神経麻痺は、通常、顔面のどちらか半分に起こります。
症状は、顔の半分を意識的に動かすことができず、笑うと顔がゆがむ、眼を閉じることができない、片方の口角が下垂する、口から水がこぼれる、などの症状が出現します。
その他、麻痺側の舌半分の味覚がなくなることや、涙の出が悪いことなどがあげられます。
中耳は外界へ通じる空間であり、骨折により脳脊髄液や外リンパ液が漏出することがあります。
鼓膜穿孔があれば外耳道に、なければ、鼻に出血や髄液が漏出します。
(3)治療
入院下で安静に保ち、頭部CT、耳のXP、側頭骨のターゲットCTで骨折の部位、程度を検査します。
感音性難聴、顔面神経麻痺の保存的治療には、副腎皮質ステロイド薬、止血薬、アデノシン三リン酸、血管拡張薬、ビタミン剤などが投与されます。
安静にしても改善しない髄液漏、顔面神経麻痺、内耳の外リンパ液が中耳に漏れ出る外リンパ瘻による急性難聴では、早期に手術が行われています。
また、受傷後、数カ月を経過しても改善しない伝音性難聴も、鼓室形成術など、手術の対象です。
(4)後遺障害のポイント
1)頭蓋底骨折と同じく、交通事故における側頭骨骨折、迷路骨折では、高次脳機能障害のような重篤な認知障害を残すことは、ほとんどありません。
しかし、難聴、耳鳴り、めまい、ふらつき、顔面神経麻痺など、日常生活上、見過ごせない後遺障害を残すことになり、シッカリと立証して等級を獲得しなければなりません。
2)本件の後遺障害では、症状を訴えるだけでは、等級の認定に至りません。
画像などにより、器質的損傷を突き止め、自覚症状との整合性を立証しなければなりません。
治療先の多くは、耳のXP、頭部のXP、CT撮影のみですが、側頭骨のターゲットCTの撮影は、後遺障害の立証では必須となります。
※側頭骨のターゲットCT
耳を中心に、耳小骨の細かい変化を撮影する方法です。
耳の構造は、骨によって作られているので、骨の変化を見ることにより、種々の外傷性変化を確認することができ、撮影時間が短く、小さな子どもでも耐えられる検査です。
※側頭骨ターゲットCTの利点
➀ターゲットCTは、他の検査に比べて、解像度が良く、骨の描出に優れている、
➁1mm以下のスライス厚で再構成が可能で、より細かいものまで見ることができる、
➂撮影時間が5分と短く、患者さんの負担が軽い、
➃横断像だけなく、CTの3次元データから冠状断を作成することが可能である、
外耳や中耳では、その中に空気が、内耳にはリンパ液、内耳道には髄液、液体が入っています。
このように、骨以外の軟部組織や液体の観察では、MRI検査が行われています。
※高分解能CT=HRCT
1回転0.5秒の短時間高速スキャン、1回の息止めで全身の撮影が可能であり、1mm幅のスキャンによる高空間分解の画像が得られる最新鋭のCTです。
HRCTによる側頭骨のターゲット撮影であれば、完璧です。
3)めまい・平衡機能障害の原因である側頭骨骨折については、先に解説の、ターゲットCTの撮影で、三半規管や耳石の前庭系が損傷されたことを明らかにしており、後遺障害の立証としては、ほぼ50%を完了しています。
4)あとは、耳鼻咽喉科におけるロンベルグなどの検査結果を添付し、障害のレベルを明らかにすれば完成です。
※めまい・失調・平衡機能障害の臨床検査
①ロンベルグテスト
両足をそろえて開眼でまず立たせ、ついで閉眼させ身体の動揺を調べる。
②マンテスト
両足を一直線上で前後にそろえて立たせ、開眼と閉眼で検査する。


③片足立ち検査
④斜面台検査斜面台上に立たせ、前後および左右方向に斜面台を傾け、転倒傾斜角度を測定する。
15°未満での動揺は異常とされています。
⑤重心動揺検査
前後左右への重心の動揺をXY軸レコーダーで記録します。
眼に現れる平衡機能障害は、自覚的にはめまいとなりますが、めまいの検査=偏倚検査には、
①足踏み試験
両腕を前方に伸ばし、閉眼で足踏みを100回行わせる。回転角度が91度以上は異常とされます。
②遮眼書字試験
マーキングペンなどを持ち、手や腕が机に触れないようにして、まず開眼で、ついで遮眼の状態で氏名などを縦書きさせる。
③閉眼歩行検査
閉眼の状態で、8~10歩前進と後退を繰り返させると、一側の前庭障害の被害者では、その歩行の軌跡が星状となります。
④眼球運動検査、自発眼振検査、頭位眼振検査などがあります。
さらに、温度、回転、電気刺激による眼振検査など、迷路刺激眼振検査も行われています。



※最新の検査機器
先のイラストは、2005年3月に出版した、「交通事故後遺障害マニュアル」で使用したものです。
10年を経過した現在でも、これらの検査が行われていますが、最新の検査機器も登場しています。
1)ビデオ式眼振計測装置、VOG


ビデオ式眼振計測装置、VOG
自発眼振検査、頭位眼振検査、頭位変換眼振検査、カロリック検査などに対応しており、前庭検査をPCにカメラを接続し起動するだけで、簡単に計測、解析ができて、精度も高いのです。
ENGのように電極を貼り付けることや、校正を行う必要がなく、被験者の負担が少なく、簡易に検査を行うことができます。
2)エアーカロリック装置
患者と検査員両方の負担を減らす新しいカロリックの検査方法です。
エアーカロリック装置
30度の冷水、44度の温水を用意することなく、温風、冷風を注入して、温度眼振刺激を与えます。
注水式に比べ被験者に対して負担が少ないカロリック検査を実施することができます。
3)Titan聴覚検査機器
Titanは、インピーダンス(オージオメーター)、聴性脳幹反応=ABR、耳音響放射=OAE、新生児スクリーニング検査=ABRISに対応できる検査機器です
いずれの最新機器も、操作が簡便で精度が高いことをセールスポイントにしています。
めまい・失調および平衡機能障害の治療や立証では、ネット検索で、最新設備を備えている神経耳鼻科を選択することです。
めまい・平衡機能障害・失調で後遺障害が審査されるのは、深部知覚、前庭、眼、小脳、大脳の障害が立証されることが前提であり、現実的には、頭部外傷を原因としたものに限られています。
外傷性頚部症候群で、めまいを訴えても、相手にはされません。
※平衡感覚を感知する器官
耳には、音を聞く働きの他に、身体のバランスをとる、平衡感覚の役割があります。
耳の平衡感覚を感知する器官としては、耳石器と半規管があります。
耳石器は2つあり、卵形嚢は水平に、球形嚢は垂直に位置していて、この2つの袋の中には、リンパ液と炭酸カルシウムでできている耳石という小さい石が入っています。
耳石器の内部は、薄い膜で覆われており、その奥には有毛細胞という細かい毛の生えた感覚細胞があって、耳石がリンパ液のなかを動くと、この有毛細胞の毛が刺激されて、位置を感知することができるのです。卵形嚢は水平方向の動きを、球形嚢は垂直方向の動きを感知しています。
半規管は、前半規管・後半規管・外側半規管の3つがあり、まとめて三半規管と呼ばれています。
半規管は3つの中空のリングから構成されており、内部は内リンパ液で満たされています。
前庭の近くに膨大部と呼ばれるふくらみがあり、そこには感覚毛をもった有毛細胞があります。
感覚毛の上にはクプラと呼ばれるゼラチン状のものが載っています。
内リンパ液が動くことによって、クプラが押され、感覚毛が曲がり、有毛細胞が興奮します。
頭部が回転すると、内リンパ液はしばらく静止したままなので、感覚毛が逆に曲がります。
この情報と視覚の情報から体が回転したと認識します。
三半規管は、それぞれ別の面にあるので、あらゆる回転方向を認識することができます。
これらの半規管はそれぞれ直角に交わっていてX・Y・Z軸のように3次元空間の回転運動の位置感覚を感知しています。G難度、E難度をいとも簡単に達成する体操の内村航平さんは、研ぎ澄まされた3次元空間の回転運動の位置感覚を有しているものと思われます。
※めまい・失調・平衡機能障害の後遺障害等級
等級 | 内容 |
3 | 3:生命の維持に必要な身の回り処理の動作は可能であるが、高度の失調または平衡障害のために、終身、労務に就くことができないもの |
5 | 2:著しい失調または平衡障害のために、労働能力が極めて低下し、一般平均人の4分の1程度しか残されていないもの |
7 | 4:中程度の失調または平衡障害のために、労働能力が一般平均人の2分の1以下程度に明らかに低下しているもの |
9 | 10:一般的な労働能力は残存しているが、めまいの自覚症状が強く、かつ他覚的に眼振その他平衡検査の結果に明らかな異常所見が認められるもの |
12 | 13:労働には通常差し支えないが、眼振その他平衡検査の結果に異常所見が認められるもの |
14 | 9:めまいの自覚症状はあるが、眼振その他の検査結果に異常所見が認められないもので、単なる故意の誇張でないと医学的に推定されるもの |