(1)病態
上・下肢の筋肉、血管や神経組織は、筋膜や骨間膜に囲まれており、この閉鎖された空間、構造をコンパートメント、あるいは筋区画と呼んでいます。
下腿には、イラストで示すように、前部、外側、深後部、浅後部の4つのコンパートメントがあります。
※コンパートメント
前腕部のコンパートメントは、屈筋群、伸筋群、橈側伸筋群の3つです。
前腕部に生じたものは、コンパートメント症候群ではなく、フォルクマン拘縮と呼ばれています。
前腕部では、屈筋群が非可逆性壊死に陥り、その末梢に拘縮や麻痺を生じることが多いのです。
交通事故による大きな衝撃で、この内部に出血が起きると、内圧が上昇し、細動脈を圧迫・閉塞、筋肉や神経に血液が送れなくなり、循環不全が発生し、筋・腱・神経組織は壊死状態となります。
この状態が長く続くと、元に戻らなくなってしまいます。
元に戻らなくなることを、医学の世界では、非可逆性変化といいます。
筋肉は4~12時間、神経は12時間を経過すると非可逆性となるのです。
脛骨々幹部骨折に合併して、コンパートメント症候群を発症することがあり、ここ数年の交通事故相談会では、1年間に2例程度を経験しています。
(2)症状
下腿のコンパートメント症候群では、前脛骨筋、足の親指を伸ばす筋肉である長母趾伸筋、前脛骨動・静脈・腓骨神経が障害を受けるのです。
経験則では、下腿骨の徒手整復術を終え、ギプス固定の状態で病室に戻って来た被害者が下腿部の疼痛を訴えるところから始まります。
①puffiness=著明な腫れ、②pain=疼痛、③pulselessness=動脈拍動の減少ないし消失、
④pallor=四肢の蒼白、⑤paralysis=知覚異常、
これら5つのPが認められれば、コンパートメント症候群です。
初期症状を説明しましたが、最終的には、筋肉がカチカチに拘縮してしまいます。
(3)治療
治療では、ただちに筋膜を切開し、血腫の除去が行われます。
安静や下腿を上に挙げたりしますが、フォルクマン拘縮と同じく、コンパートメント症候群が進み、筋肉の壊死までなってしまうと、基本的には治療法はありません。
あくまでも、発生予防を心がけることになります。
飛行機の長旅で死に至る、エコノミー症候群が、過去、話題になりましたが、これも、コンパートメント症候群の一種です。
エコノミーの狭い座席に長時間座ったままでいると、下半身の静脈内に鬱血が生じます。
血流の停滞が、静脈内血栓を発生させる原因となるのです。
目的地の空港に着陸、歩き始めたときに静脈内血栓が下大静脈内に流れ出し、肺動脈に詰まると肺動脈内血栓症を発症、突然の呼吸困難から循環不全に陥り、死に至ることもあります。
この予防法は、
①飛行機内を定期的に歩き回ること、
②足首の背屈運動を行い筋肉のポンプを利用して静脈の鬱血を取ること、
③夜間の脱水を避けるために水分を十分に摂ること、
こうするとトイレにも頻繁に行かざるを得なくなり、①の目的も達成されます、
水分は、血栓の発生を予防するマグネシウムをたくさん含んだ、深層水が良いとのことです。
(4)後遺障害のポイント
1)脛・腓骨々骨幹部開放性骨折で、手術による内固定がなされたときは、コンパートメント症候群を発症することはありません。
注意を要するのは、脛・腓骨の閉鎖性骨折で転位が少ないときです。
非開放性で、転位のないときは、徒手整復の上、ギプス固定がなされます。
被害者が下腿の疼痛を訴えるも、鎮痛消炎剤の投与で見過ごされたときは、時間の経過にしたがって、深刻な症状をきたします。
私の経験則では、非可逆性に進行し、腓骨神経障害により、足関節の用廃で8級7号、1足の足趾のすべての用廃で9級15号が認定され、7級相当が認定されたことがあります。
2)脛・腓骨々幹部骨折でコンパートメント症候群となり、放置して後遺障害を残したとなると、これは、常識的には、やるべき処置を怠った医療過誤であると思われます。
ギプス固定であっても、実態として、被害者は入院下にあります。
①puffiness=著明な腫れ、②pain=疼痛、③pulselessness=動脈拍動の減少ないし消失、
④pallor=四肢の蒼白、⑤paralysis=知覚異常、
被害者の訴えと、上記の5つを見逃すことがなければ、筋膜の切開、血腫の除去により、コンパートメント症候群は治癒すると考えられるからです。
しかし、医療過誤の可能性が高いときであっても、そんなことを軽々に口にするものではありません。
入院中に、医療過誤など口走ろうものなら、主治医、治療先とは、敵対関係に入ります。
後遺障害診断における通常の対応でさえ、受けられなくなります。
コンパートメント症候群が進行、完結したときは、泣こうが喚こうが、もう治療の方法はありません。
ここは、大人となって、主治医とは紳士的な人間関係を続けるのです。
主治医の協力を得て、後遺障害を立証し、認定等級に基づく損害賠償に決着をつけるのです。
損保が、医療過誤を問題とし、協力を求めてきたときも、示談解決を優先しなければなりません。
損保が治療先を訴えるのは、本件事故の解決後となります。
そのときに、協力するかしないかは、貴方の心1つです。