(3)管腔臓器・肝外胆管損傷(かんがいたんかんそんしょう)

肝外胆管損傷

(1)病態

胆嚢は、肝臓で作られた胆汁を12分の1に濃縮して貯蔵しているのですが、胆嚢が摘出されても、胆汁は肝臓で生産されており、胆管を通じて12指腸に供給されます。
胆嚢が摘出されれば、胆汁を濃縮する機能は失われます。
しかし、身体が慣れてくれば、若干の支障があっても、ヒトの生存には問題がありません。
では、胆嚢ではなく、胆汁を通過させている肝外胆管が損傷されるとどうなるのでしょうか?
交通事故では、肝外胆管が離断、断裂することがあります。
これを放置すると、腹膜炎となり、やがては敗血症で死に至ります。

(2)症状

腹痛、発熱、黄疸症状を呈します。

(3)治療

離断、破裂となると、Tチューブなどで胆管を吻合する手術が実施されていますが、それでも修復できないときは、空腸を用いた胆管空腸吻合などによる再建術が行われています。

しかし、胆道再建術を行うも、胆管狭窄を生じることがあります。
胆管狭窄では、胆汁の通過障害によって、胆汁のうっ滞を生じ、肝障害や黄疸、腹痛、発熱の症状が出現し、狭窄が長期化すると、胆汁うっ滞性の肝硬変に進行、死に至ります。
ヒトが生きるためには、なんとしてでも、肝外胆管を修復しなければならないのです。

(4)後遺障害のポイント

肝外胆管が修復されれば、後遺障害を残すことはありませんが、通常、胆道再建術を行ったときには、胆嚢は摘出されることが多数例で、そうなると、胆嚢摘出により、13級11号が認定されています。

※胆嚢摘出後症候群
胆嚢の摘出術を受けたあとに、上腹部の痛みや不快感、発熱、黄疸、吐き気などを発症し、胆道の運動異常に原因があると考えられるものを胆嚢摘出後症候群と呼んでいます。

胆嚢摘出後に症状がみられたとき、詳細な検査を行うと、胆道に空気が入り込む胆道気腫症や十二指腸乳頭部、総胆管の十二指腸への出口が狭くなっていたりすることがありますが、中には、症状は続いているが、どんなに検査を行っても、胆道や周囲の内臓に原因となる病気が見つからないことがあり、このような例を胆嚢摘出後症候群と呼んでいます。
胆道の運動異常の一種と考えられており、胆道ジスキネジーと診断されることもあります。

血液検査やX線検査、超音波検査で胆道の病気であることが疑われれば、CTやMRI検査、胆道造影検査などで診断を確定していきます。
胆道にも周囲の臓器にも異常がみられず、胆嚢摘出後症候群が疑われるときは、放射性同位元素を用いたシンチグラフィーによる胆道の機能検査が行われることもあります。
治療は、胆汁の流れをよくする薬や、胆管の機能を改善するような薬などを内服することにより治療を行っていきます。
程なく、症状は改善しますので、胆嚢摘出後症候群で後遺障害が認定されることはありません。

※胆汁の成分
水分  約97%
胆汁酸  約0.7%
ビリルビン(胆汁色素)  約0.2%
コレステロ-ル  約0.06%

※総胆管の長さは、10~15cmで、太さは6㎜です。

(2)実質臓器・胆嚢破裂(たんのうはれつ)

胆嚢破裂

(1)病態

胆嚢は肝臓の下にある小さな器官で、肝臓で作られた胆汁の濃縮・貯蔵を行っています。
胆汁は、脂肪分を乳化して消化吸収をサポートする役割を有しており、必要に応じて胆管と呼ばれる管を通って12指腸の中に排出されます。肝臓で作成される胆汁を蓄え、濃縮するのが胆嚢であり、胆嚢と肝臓、12指腸をつないでいるのが胆管です。

多数例ではありませんが、交通事故では、腹部の強打により胆嚢破裂を発症することがあります。

(2)症状

胆嚢破裂では、吐き気、右肋骨下部の疼痛、悪寒、胆嚢周辺の圧迫と腫れにより皮膚が黄色くなる=黄疸、発熱、嘔吐などの症状が出現します。

(3)治療

治療先では、胆嚢破裂の有無を調べるために、次のような診断検査が行われます。
腹部超音波検査、腹部CT、DIC-CT、ERC、放射性造影剤を体に注入後、特殊なカメラで記録する胆道シンチグラフィー、血液検査では、白血球数、CRP、赤血球沈降速度に注目します。
いずれも、炎症反応では、数値が増加します。
血中のビリルビンやALP、LAP、γ-GTPなどの胆道系酵素の上昇がみられます。

胆嚢壁内血腫による胆嚢浮腫など、損傷の程度が軽ければ、絶食、輸液、抗生物質の使用による保存的治療ですが、胆嚢破裂では、切除術が選択されます。

(4)後遺障害のポイント

1)胆嚢を摘出しても、胆汁を作るのは肝臓ですから、貯蔵・濃縮する倉庫はなくなりますが、胆汁は、直接、肝臓から12指腸へ供給されます。
当初は軟便が続くとしても、身体が慣れれば、濃度が薄い胆汁でも問題はないといわれていますが、全てが以前と全く同じという訳ではありません。

私が担当の被害者に共通することは、
焼肉やステーキなど、肉類を食べた次の日の便通がいつもと違うといいます。
うまく消化されていないことが実感できるとのことで、普段は、すんなりの便通も、思うように出なくてスッキリせず、ようやく便通があっても、すぐにお腹を下すのだそうです。

厚生労働省も、胆嚢を摘出した後において、完全に通常の生理状態に戻るわけではなく、通常に比して脂肪の消化吸収機能の低下をもたらすから、食事制限や食事の摂取時間に制約が生じるなど、一定の支障を生じるのが通常であるとしています。
以上から、交通事故により胆嚢を摘出したものは、13級11号が認定されています。

2)胆嚢を摘出しても、通常の日常・社会生活が送れるとの理由で、逸失利益を認めない、もしくは認めたとしても3~5年の喪失期間を提案する損保には、要注意です。

現状、NPOジコイチでは、後遺障害等級が認定された被害者については、重過失事案、自損事故を除いて、全件、連携している弁護士対応による解決としています。
先の騙しのテクニックに引っかけられることはありませんが、過去には、弁護士ですら、丸め込まれた例を、複数経験しており、油断は、大敵です。

(5)医学論文

ネットでは、4例が紹介されています。
①25歳, 男性、車を走行中に他車と正面衝突し、胸腹部を強打し救急車にて搬送された。
腹部CT検査にて腹腔内に異常を認めず、右季肋部に自発痛を認めるものの、筋性防御を認めないため保存的治療を開始した。
受傷後20時間に腹膜刺激症状、筋性防御を認めたため再度腹部CT検査を施行したところ、胆嚢壁の肥厚と腹腔内の液体貯留を認めたため手術を施行した。
腹腔内には胆汁様腹水を認め、胆嚢頸部に漿膜は保たれているものの損傷を認めたため胆嚢摘出術を行なった。

②34歳男性、モトクロス競技中に転倒し、自動二輪のハンドルで腹部を打撲、近医受診したがCT上異常なしと診断され帰宅、腹痛継続するため当院受診。
腹部CTで胆嚢内の出血と胆嚢周囲および肝臓と右腎臓の間に液体貯留を認め、胆嚢破裂による腹膜炎を併発していると思われ、緊急開腹胆嚢摘除術を行った。
摘出胆嚢には、頚部付近の胆嚢壁に穿孔を認めた。
術後30日目に軽快し退院となった。

③15歳の男子、サッカーの試合中に転倒し、腹部を強打した。
来院時のバイタルサインは安定しており、右季肋部に軽度の圧痛を認めたが、筋性防御などの腹膜刺激症状は認めなかった。血液検査では軽度の肝胆道系酵素の上昇を認めたが、他の異常所見は認めなかった。腹部CT検査では胆嚢壁の浮腫状肥厚、壁内の高吸収を示す陰影を認め、胆嚢壁内血腫と診断した。臨床所見が安定していたため、保存的治療を行った。
保存的治療で右季肋部の圧痛は消失し、検査所見の悪化も認めず、受傷後6日目に退院となった。
受傷後1カ月のCT検査では、壁の肥厚は残存していたが血腫は消失していた。
受傷後3カ月のCT検査では、異常所見を認めなかった。

④49歳の男性.飲酒運転中の交通事故で受傷し来院した。
来院時には軽度の腹痛を認めるのみであった。
自覚症状に乏しかったが、受傷6日後に総ビリルビン値が5.0mg/dlまで上昇した。
点滴静注胆道造影併用CT,ERCを施行し、胆嚢破裂と診断、受傷後16日目に手術を施行した。
開腹すると,腹腔内に胆汁性の腹水を認めた。
胆嚢底部から体部にかけて肝床より剥がれており、体部前壁に直径8mmの破裂孔を認めた。
合併損傷を認めず胆嚢摘出術と腹腔ドレナージを施行した。
受傷直後より腹部所見に乏しく、食事摂取、歩行も可能であり、結果的に受傷から手術に至るまで時間を要した.胆嚢破裂の診断にはDIC-CT、ERCが有用であった。

※季肋部 (きろくぶ)
肋骨の直ぐ下、鳩尾(みぞおち)と呼ばれる部分のことです。

※筋性防御 (きんせいぼうぎょ)
腹腔内になんらかの急性炎症が起こると、反射的にその部分の腹壁が緊張して硬くなり、外から触れられるようになります。例えば、急性虫垂炎では右下腹部に筋性防御が現れます。
この現象は炎症によって刺激された腹膜と同一の脊髄神経の支配領域にある腹壁筋肉が反射的に緊張しているもので、緊張の強さは刺激の強さとほぼ一致しています。
腹腔内の炎症が腹膜に達していないときは、この症状は現れません。

※DIC-CT
点滴静注胆嚢胆管造影法と呼ばれるもので、点滴により、胆汁中に排泄されるヨード造影剤の投与を行った後にCTを撮影し、胆嚢や胆管を詳しく調べる検査方法です。

※ERC
内視鏡的逆行性胆道造影と呼ばれる。側視鏡を用いて12指腸乳頭よりチューブを挿入、総胆管・肝内胆管・胆嚢管・胆嚢といった胆道系と膵管を造影する検査方法です。

(1)実質臓器 肝損傷(かんそんしょう)

肝損傷

(1)病態

肝臓は、右上腹部に位置する体内最大の臓器です。
重さは成人で1200~1400gあり、心臓から送り出される血液量の25%に相当する1分間に1000~1800mlの血液が流れ込んでいます。

肝臓は判明しているだけで500種類の働きをしていますが、大きくは4つの機能に要約されています。
①胆汁の生成と分泌
②炭水化物、脂肪、蛋白、ビタミンの代謝・合成・分泌・貯蔵
③胃、腸管から血液中に侵入した細菌や異物の補足
④生体異物、薬物などの代謝

人間の生命維持活動に重要な機能を果たしているのですが、5分の4を切除しても、やがて元の大きさに戻るという他の臓器にない復元力も備えています。

交通事故では、バイクの運転者が転倒・衝突する、車やバイクに歩行者がはねられ、腹部を強打することにより肝損傷をきたしています。
さらに、肝臓は容積が大きく、被膜が薄いことから強打で損傷を受けやすく、腹腔内臓器の中では、もっとも損傷されることが多い臓器となっています。

(2)症状

右脇腹、上腹部の痛み、腹腔内出血を合併するときは、血圧低下、意識混濁など、出血性ショック症状を示します。
肝臓には、肝臓動脈と門脈の2つの大きな血管から血液が流入し、静脈血は2本の肝臓静脈を通じて下大静脈に流出しています。
肝臓は血流が豊かであり、胸部大動脈や下大静脈など、太い血管と接しているところから、損傷レベルによっては、大出血および出血性ショックが予想されるのです。

(3)治療

※日本外傷学会における肝損傷の分類
Ⅰ型 被膜下損傷
肝被膜の連続性が保たれているものであり、腹腔内出血を伴わないもの
①被膜下血腫

被膜下血腫

②中心性破裂

中心性破裂

Ⅱ型 表在性損傷
深さ3㎝以内の損傷であり、深部の太い血管、胆管の損傷はなく、死腔を残さず縫合が可能なもの

表在性損傷

Ⅲ型 深在性損傷
深さ3cm以上の深部に達している損傷であり、単純型では、組織挫滅が少なく、組織の壊死を伴わないもの、複雑型は、挫滅、壊死が認められ、循環動態の不安定を伴います。
①単純型

単純型

②複雑型

複雑型

Ⅰ・Ⅱ型では、入院下で経過観察が行われています。
損傷が高度で出血が続くⅢ型では、点滴による水分量の確保、輸血が実施されます。
保存的治療で出血が止まらないときは、腹部血管造影検査を行い、コイルにより出血を止めるとともに、肝部分切除や縫合等の治療が行われています。

(4)後遺障害のポイント

1)交通事故による肝損傷では、後遺障害を残しません。
NPOジコイチのHPでは、肝臓の機能障害について、以下の2つを掲示しています。

※ウイルスの持続感染が認められ、かつGOT・GPTが持続的に低値を示す肝硬変では、9級、
※ウイルスの持続感染が認められ、かつGOT・GPTが持続的に低値を示す慢性肝炎では、11級、
これは、医療従事者の針刺し事故などによるウイルス性の慢性肝炎、これに由来する肝硬変や肝癌を想定した労災保険の認定基準であり、輸血によるB、C型肝炎に感染することを予想して掲載したものですが、現在では、献血用血液から感染血液を除くスクリーニング法が採用されており、輸血後肝炎の発症は激減しています。もっとも、完全に消滅したのではありません。

さらに、GOTはAST、GPTはALTに、呼び方が変更されています。
AST、ALTのいずれも、基準値は、30 IU/L以下です。

※AST、ALT
AST、ALTは、どちらもトランスアミナーゼと呼ばれる酵素で、人体の構成要素であるアミノ酸をつくる働きをしています。トランスアミナーゼは肝細胞中に多く存在しているため、主に肝細胞傷害で血中に逸脱し、酵素活性が上昇します。
このため肝機能検査と呼ばれ、広く使用されています。
ASTとALTの違いは由来する臓器の違いです。
ALTは主に肝臓に、ASTは肝臓のみならず心筋や骨格筋、赤血球などにも広く存在しています。
AST、ALTがともに高値、あるいはALTが単独で高値では、肝障害の可能性が高くなります。
ASTが単独で高値では、心筋梗塞や筋疾患、溶血性貧血など肝臓以外の疾患が予想されます。

2)Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの単純型では、出血を止めるとともに、肝部分切除や縫合の治療が行われています。
肝臓は、相当部分を亡失したときでも、比較的短期間で再生するところから、術後、肝臓の機能が低下したとしても、症状固定段階では、機能は正常に回復しています。

Ⅲの②複雑型で、止血ができないときは、死に至るので、後遺障害の議論になりません。

(16)外傷性胸部圧迫症


顔面の溶血と腫脹

眼瞼結膜の点状出血

(1)病態

外傷性胸部圧迫症は、機械に挟まれる、階段で将棋倒しになる、土砂に埋まるなど、胸部を強く圧迫されて発症します。
交通事故では、2人乗りでバイクを運転中、自動車と衝突、バイクの後部に同乗中の被害者が投げ出され、胸部を強くたたきつけたことで発症した例を経験しています。

声門が閉鎖された状態で、胸郭に大きな外力を受けると、気道内圧と血管内圧が上昇します。
大静脈、頚静脈には、逆流防止の弁がなく、胸部圧迫により上大静脈圧が上昇し、頭頚部や肺の小静脈や毛細血管が破綻、出血することにより、顔面や頚部を中心に紫紅色の腫脹と多数の溢血斑が出現、外傷性胸部圧迫症独特の顔となり、加えて、眼瞼結膜の点状出血も認められます。
意識障害や肺におけるガス交換障害により、低酸素血症が生じることがあります。
低酸素血症と脳障害のレベルにより、後遺障害等級も決まります。

※声門

声門
※左のイラストが閉じた状態、右が開いた状態

声門とは、左右の声帯の間にある、息の通る狭いすきまで、声帯とは喉にある2枚のヒダです。
2枚のヒダが合わさり、高速振動することにより、声が出るのです。
ヒトが呼吸をしているときは、空気を多く通すために声帯は開いています。
声門が閉鎖しているとは、息を止めているときです。
また、声を出そうとすると、声帯付近の筋肉が緊張し、声帯のヒダが互いに寄せられます。
寄せられた声帯の間から息が通り抜けることで、声帯は振動し、声になるのです。

(2)症状

顔面・頚部の点状出血と、皮膚が紫色になるチアノーゼ、舌や口唇の腫脹、眼瞼結膜の点状出血、意識障害などが現れます。
肋骨々折や肺挫傷を伴うときにも、これらの症状が出現します。

(3)治療

外傷性胸部圧迫症自体に対する特別な治療法はありません。
意識障害があれば、気道の確保を急ぎ、低酸素血症に対しては、酸素吸入や人工呼吸療法、血胸や気胸を合併していれば、胸腔ドレナージなど、症状にあわせた治療が選択されています。

※事故現場における気道の確保
回復体位=横を向いて寝る側臥位をとらせて、舌根が沈下することによる気道閉塞を予防します。
呼吸運動が不十分なときは、あお向けの仰臥位とし、マウスtoマウスの人工呼吸を開始します。
呼びかけに対する反応がなければ、ただちに心肺蘇生法を開始しなければなりません。

※結膜下出血
結膜下出血

結膜に存在する大小の血管が破れて、結膜の下に出血が広がるもので、小さな点状から、斑状や眼球結膜全体を覆う広範なものがあります。
目がごろごろしますが、痛みなどはなく、眼球内部に血液が入ることもないので、視力の低下、視野の狭窄はありません。時間の経過で、自然に吸収されるので、心配することもありません。

正面から見える目の表面は、黒目は角膜、白目は強膜で覆われています。
この内、白目はさらに膜でおおわれており、それを眼球結膜と呼んでいます。
眼球結膜は目の奥で反転、上下のまぶたの裏側まで覆っています。
まぶたの裏側の膜は、眼瞼結膜といいます。
角膜は血管を持っていませんが、結膜には、大小の血管が多数存在しています。

(4)後遺障害のポイント

1)肺脂肪梗塞と同じで、低酸素血症による脳障害のレベルが後遺障害の対象となります。
意識障害が認められるも、気道が確保され、入院による呼吸管理で低酸素血症に至らないときは、後遺障害を残しません。

2)顔面の溶血と腫脹、眼瞼結膜の点状出血も、時間の経過で吸収され、改善が得られます。

(15)肺脂肪塞栓(はいしぼうそくせん)

(1)病態

骨折の合併症の中で、最も重篤なものです。
骨折により損傷した骨髄中の脂肪滴が、破綻静脈内に入り、脂肪滴が静脈を通じて大量に全身に循環した結果、肺や脳などに脂肪による塞栓が生じると、重篤な呼吸・神経麻痺を起こします。

多発外傷>骨盤骨折>大腿骨骨折>脛骨骨折の順で発症の可能性が高く、上腕骨骨折、頭蓋骨々折、胸骨々折や肋骨々折では、まったくと言っていいほど報告がありません。

骨折と脂肪塞栓の因果関係について、外傷後の骨折の結果、体内の脂肪代謝が変化し脂肪塞栓を引き起こしているのではないか? そんな学説もあり、現在も、原因は特定されていません。

(2)症状

通常は受傷後、12~48時間の潜伏期を経て発症、多くは発熱、頻脈、発汗が初症状で、過半数の症例に前胸部や結膜に点状出血=赤いポツポツが見られます。
肺に塞栓が生じたときは、胸痛、頻呼吸、呼吸困難の症状を訴え、低酸素脳症に発展したときは、意識障害を起こします。
詰まった脂肪が大きく、太い血管に詰まったときは、ショック状態で死に至ります。

余談ですが、歌手のフランク永井さんは交通事故ではありませんが、この低酸素脳症で歌手復帰ができないまま、お亡くなりになりました。

呼吸症状のために急速なヘモグロビンの低下を招き、動脈血ガス分析=動脈中の二酸化炭素や酸素量を調べる検査では、70㎜Hg以下の低酸素血症を示します。

肺に塞栓が認められるケースでは、肺のXPで、両肺野に特有の snow storm =吹雪様の陰影が見られ、脳内に塞栓が生じたときは、MRIで、急性期には点状出血に一致してT2強調で白質に散在する高信号域の小病巣がみられます。

(3)治療

突然の胸痛や呼吸困難では、まず心電図と胸部X線検査、血液検査が行われます。
次に、血液ガス分析で低酸素、心臓超音波検査で右心不全を認めれば本症が疑われ、造影CTによって、肺動脈内の塞栓を確認すれば、確定診断となります。
確立した治療法はなく、呼吸循環管理などの対処療法が主体で、ステロイドの大量投与が行われています。

※ステロイド
ステロイドとは、両方の腎臓の上端にある副腎から作られる副腎皮質ホルモンの1つです。
ステロイドホルモンを投与すると、体内の炎症を抑えたり、体の免疫力を抑制したりする作用があり、さまざまな疾患の治療に使われています。

肺脂肪塞栓では、ステロイドの大量投与により、肺毛細血管塞栓により生じた浮腫を改善すること、細胞障害を阻止し、栓子の融解による局所の炎症を阻止することで肺血流を改善させる効果が報告されています。

※ステロイドの副作用=ステロイド離脱症候群
ステロイドホルモンは、2.5~5mg程度が生理的に分泌されていますが、それ以上の量を長期に内服したときは、副腎皮質からのステロイドホルモンが分泌されなくなります。
急にステロイド薬の内服を停止すると、体内のステロイドホルモンが不足し、倦怠感、吐き気、頭痛、血圧低下などを発症することが報告されています。

(4)後遺障害のポイント

1)頭部外傷 高次脳機能障害認定の3要件?
①頭部外傷後の意識障害、もしくは健忘症あるいは軽度意識障害が存在すること、
②頭部外傷を示す以下の傷病名が診断されていること、
③上記の傷病名が、画像で確認できること、

そして、②の頭部外傷の傷病名には、脳挫傷、急性硬膜外血腫、びまん性軸索損傷、急性硬膜下血腫、びまん性脳損傷、外傷性くも膜下出血、外傷性脳室出血、低酸素脳症と記載されています。
この低酸素脳症が、肺脂肪塞栓、脳脂肪塞栓に合併する後遺障害、高次脳機能障害となります。

2)肺脂肪塞栓、脳脂肪塞栓は、全例、入院中に発症しています。
発症率は、長管骨単純骨折の0.5~3%ですが、大腿骨々折に限定すれば33%、そして、死亡率は5~15%と報告されています。

ネットでは、14歳男児の右脛骨開放骨折後の脂肪塞栓症候群が報告されています。
右脛骨開放骨折に対しては、全身麻酔下に徒手整復が実施されました。
麻酔を終了して2時間の経過で発熱、軽度の意識障害が認められたのですが、直後から、急激に呼吸状態が悪化、意識障害と両側肺野の線状陰影が認められたことから、電撃型脂肪塞栓と診断され、人工呼吸管理を含む集中治療が実施され、後遺障害を残すことなく治癒、めでたし、めでたしの結果が得られています。

3)酸素供給が停止すると、大脳で8分、小脳で13分、延髄・脊髄では45~60分を経過すれば、組織は死滅し、生命を失います。
つまり、8分以内に呼吸が確保されないと、低酸素脳症による高次脳機能障害を合併するのです。
入院中であり、早期に発見されても、8~10分以内の対応は簡単なことではありません。

私の経験則ですが、20歳、男性、勤務を終え、会社の寮に原付単車を運転して戻る途中の交通事故で、現場近くの救急病院に搬送され、傷病名は、右脛・腓骨開放性複雑骨折でした。
固定術から2日目に、治療先で面談したのですが、普通に、会話ができる状態でした。
しかし、術後3日目に胸苦しさを訴え、直後に、意識を消失しました。
直後、気管切開を行われ、救命治療が実施されたのですが、意識を回復するのに40日を要しました。

この被害者は呼吸停止による脳内の酸素不足により、致命的な脳損傷を合併し、その後の治療にもかかわらず、高次脳機能障害として3級3号の後遺障害等級が認定されました。

脂肪塞栓では、当初の傷病名からは予測できない急変で、生死に関わる事態を迎えるのです。
現在のところ、これを防止する有効な手立てはありません。

4)本件の後遺障害の立証は、高次脳機能障害に同じです。
症状固定は、受傷から1年後で、的確な神経心理学的検査で、日常生活、社会生活の支障を丁寧に立証していかなければなりません。
詳細は、頭部外傷後の高次脳機能障害で解説をしています。

(14)肺血栓塞栓(はいけっせんそくせん)

肺血栓塞栓

(1)病態

心臓から肺へ血液を運ぶ血管である肺動脈に、血液や脂肪の塊、あるいは空気などが詰まり、肺動脈の流れが悪くなる、閉塞してしまうことを肺塞栓症と呼んでいます。
血栓が原因では、血栓塞栓、脂肪では脂肪塞栓、空気では空気塞栓と呼ばれています。
これらの中では、肺血栓塞栓症が最多となっていますが、交通事故で発症することは稀です。

次に多いのは、交通事故や外傷などで、下腿骨を骨折したとき、骨髄にある脂肪が血液の中に入り、静脈を通って肺に詰まる脂肪塞栓で、複数例を経験しています。

余談ですが、最後の空気塞栓は、疾患ではなく、自殺目的です。
静脈に空気を注射すると、その空気は泡となり、血管の中を流れ、最後は肺で詰まるのです。
知り合いの心臓外科医は、七転八倒の苦しみであり、自殺の中では、最悪の選択と言っています。

エコノミークラス症候群

肺血栓梗塞は、塞栓により、肺組織への血流が途絶え、その部位から先の肺が壊死するものです。
代表的には、下肢の静脈内でできた血栓が肺に詰まるエコノミークラス症候群です。
飛行機を利用する海外旅行では、座ったまま、長時間同じ姿勢で過ごすことが多く、下肢の深部静脈内に鬱血が生じ、この血流の停滞で、血液が固まり、血栓ができることが予想されます。
目的地に到着、飛行機から降りようと立ち上がり、歩き始めたときに、血栓が血液の流れに乗って移動し、肺動脈を閉塞するのです。

長時間の座位を続けるのではなく、ときどき、下肢の屈伸運動をする、脱水にならないように水分を十分に補給することが、予防になります。

症状・治療・後遺障害のポイントは、次の肺脂肪塞栓で、詳細を解説しています。

(13)過換気症候群(かかんきしょうこうぐん)

(1)病態

胸部の外傷で紹介する傷病名の中で、もっとも軽傷なもので、後遺障害を残すこともありません。
肩の力を抜いて、学習してください。

ヒトが生きるには新鮮な酸素が必要であり、呼吸によって吸い込んだ酸素は全身を巡り、細胞の中で消費されて二酸化炭素となり、肺から呼吸によって吐き出されています。
つまり、呼吸とは、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すことなのです。

(2)症状

さて、過呼吸とは、呼吸が速く、浅くなることですが、この発作を目の当たりにすると、間断なく息を吐き続けるのですが、息を吸うことを忘れてしまい、白目をむいて倒れるような印象です。
つまり、ヒトが無意識に行う、自然な呼吸のパターンが崩壊している状態なのです。

これまでの交通事故無料相談会で、複数回を経験しており、最初は、驚愕、狼狽えました。
その後、過換気症候群を知ってからは、慣れっことなり、紙袋を手渡し、この袋の中で反復呼吸をするように指示をして対処しています。
であれば、2、3分で元通りとなり、落ち着きを取り戻しています。

過換気症候群とは、精神的な不安を原因として過呼吸になり、その結果、息苦しさ、胸部の圧迫感や痛み、動悸、目眩、手足や唇の痺れ、頭がボーッとする、死の恐怖感などを訴え、稀には失神することもある症候群のことです。
当然ですが、放置しておいても、この症状で死に至ることはありません。

几帳面で神経質な人、心配症であり、考え込んでしまう人、10~20代の若者に多いとの報告がなされていますが、私が経験しているのは、全て30~40代の女性で、交通事故受傷後に、非器質性精神障害である不安神経症やパニック障害の診断がなされている被害者に限定されています。

医学的な考察を行うと、過換気症候群では、呼気からの二酸化炭素の排出が必要量を超え動脈血の二酸化炭素濃度が減少して血液がアルカリ性に傾き、そのことによって、息苦しさを感じるとされています。血液がアルカリ性に傾くことを、医学では、呼吸性アルカローシスといいます。

そのため、無意識に延髄が反射し、呼吸を停止させ、血液中の二酸化炭素を増加させようとするのですが、大脳皮質は、呼吸ができなくなるのを異常と捉え、さらに呼吸を続けるように命じます。
この繰り返しで、血管が収縮し、軽度では手足の痺れ症状、重度であれば筋肉が硬直します。
それらが悪循環を続けると、発作がひどくなってくるのです。

(3)治療・対処法

先に、対処方法としてペーパーバッグ法を説明していますが、現在は、誤った処置とされています。

呼吸の速さと深さを自分で意識的に調整すれば、2~3分で、症状は自然に治まります。
万一発作が起きたとき、周囲の人は、なにもせず、安心しなさいと、被害者を落ち着かせた上で、

①息を吐くことを、患者に意識させ、ゆっくりと深呼吸をさせる、
②吸うことと、吐く比率が、1:2を目指して呼吸をさせる、
③一呼吸に、およそ10秒で、少しずつ息を吐かせる、
④胸や背中をゆっくり押して、呼吸をゆっくりするように促す、
上記の呼吸管理で、二酸化炭素を増やしつつ、酸素を取り込んでいくことが勧められています。

(4)後遺障害のポイント

1)過呼吸は、非器質性精神障害が治癒すれば消失することから、障害の対象ではありません。

2)非器質性精神障害については、精神科、心療内科に通院して治療を続けることになります。
過呼吸を緩和する治療や、薬はありませんが、非器質性精神障害の治療が進むと、過呼吸は自然消滅しています。これまでに、症状固定段階で、過呼吸発作が問題とされたことは1例もありません。

3)非器質性精神障害では、交通事故との因果関係を巡って厳しい審査が行われており、丁寧に立証したとしても14級9号がやっとの状況です。

(12)心肺停止(しんぱいていし)

心肺停止

(1)病態

心肺停止とは、心臓と呼吸が止まった状態で、医療現場では、CPAと呼ばれています。

心臓の動きが先に、肺呼吸が先に停止する、この2通りですが、いずれであっても、放置すれば、間違いなく2つは合併し、心肺停止状態となります。
しかし、蘇生の可能性が残されているために、死亡ではありません。

脳に血液が供給されず、手遅れとなれば、命はとりとめても、脳死状態になる危険があります。
心肺停止の患者に対しては、人工呼吸や心臓マッサージなど迅速な救命措置が必要となります。
心肺蘇生法はCPRと呼ばれています。

※メディアの心肺停止
余談ですが、最近のメディアでは、自然災害や交通事故などで、心肺停止、心肺停止状態と表現することが増えています。日本では、医師が心・呼吸・脈拍の停止と瞳孔散大を確認して死亡宣告することで、法的に死亡が確定しています。
医師以外でも、心・呼吸停止を確認することは可能ですが、死亡宣告をすることはできません。
事故・災害現場で、まだ救出されておらず、医師も近づけない状態の遺体や、病院に搬送途中の遺体は、医師による死亡が未宣告であることから、心肺停止と表現されているのです。

(2)後遺障害のポイント

1)ドラマでは、心肺停止の主人公に、必死の思いでAED=除細動器を使用し、主人公が一瞬飛び上がって心臓が動き始め、ハッピーエンドを迎えるシーンがあります。
一般に、心肺停止であっても5分以内に蘇生ができれば、脳内には、まだ酸素が残っており、なんの障害も残さないとの報告も目にしています。

ところが、交通事故による肺や心臓の外傷で心肺停止に陥ったときは、その後に蘇生したとしても、急性心筋梗塞を除いて、心停止前より、重篤な不整脈が出現しやすくなることがあるのです。

2)不整脈に対応する必要から、ペースメーカの植え込み術が実施されたときは9級10号

ヒトは、心室性頻脈性不整脈や徐脈性不整脈等が出現することで、心肺停止をきたします。
臨床経験上も、心肺停止では、蘇生後、重篤な不整脈が出現する割合が相当に高い、心停止後の蘇生では、重篤な不整脈が心停止以前より一層出現しやすくなると報告されています。

3)不整脈に対応する必要から、除細動器の植え込み術が実施されたときは7級5号
心停止後の蘇生で、除細動器植え込み術が実施された後、1年間の除細動器の作動率が30~40%の高率であったとの報告もなされています。

4)心肺停止が5分以上では、蘇生を実現できても、虚血性により、脳に不可逆性の変化を起こし、高次脳機能障害を残すことが予想されます。
このケースでは、脳の障害に関する認定基準により、後遺障害等級が認定されることになります。

(11)外傷性大動脈解離(だいどうみゃくかいり)

動脈の構造

(1)病態

大動脈解離とは、大動脈解離は身体の中で一番太い大動脈が裂ける病気で、血管が破裂してショック症状を引き起こす、身体に酸素や栄養が供給されない緊急事態が一瞬のうちに起こります。
病院に到着前に50%の人が亡くなるといわれており、致死率の高い、緊急性を要する外傷です。

大動脈が縦裂きになった状態を大動脈解離といいます。
縦裂きとは具体的には、内膜のどこかに傷ができ、本来、血液が流れるべき血管の内側から内膜の傷を通して内膜の外に血液が流出し、内膜と外膜が中膜のレベルで剥がれ、裂けてしまう状態のことを言い、解離とは剥がれて、裂けることです。
血液が流れるべきでない場所、偽腔または解離腔にも、血液の流れや溜まりが生じます。
内膜にできた穴をエントリーと言います。
剥がれた内膜のヒラヒラはフラップと呼ばれています。

約70%が高血圧を原因としており、その他には、外傷性、血管の病気、妊娠、大動脈2尖弁の先天的異常がありますが、ここでは外傷性について説明します。
高所からの転落や、交通事故のハンドル外傷など、胸部に大きな衝撃が加えられたとき、大動脈に間接的に衝撃が加わって解離を生じると想定されています。

(2)症状

血管が裂けているときは、裂けている部分に強烈な痛みを発症します。
胸の血管では胸痛、背中なら背部痛、腰の部分では腰痛が生じるのですが、突き刺すような、ときに張り裂けるような強い痛みを生じると表現されています。
痛みは血管の裂けが止まると消失しますが、引き続き、予断を許せない問題が起こります。

①大動脈破裂
解離した大動脈の壁は外膜だけで保たれていますが、外膜は圧がかかると膨らみやすく、大動脈瘤を形成、破れて破裂することがあります。
破裂、大出血をきたすと、急激に血圧が下がりショック症状を示します。
心臓の周囲に血液が溜まると、心タンポナーデとなり、心臓の動きを妨げ、放置すれば死に至ります。

②臓器障害

臓器障害

大動脈解離が枝別れ部分に生じると、枝別れ部分が解離腔によって圧迫され、狭窄や閉塞することが予想されます。さらに、その枝別れ部分が引きちぎられ、枝への血流が不良となります。
また枝別れ部分に解離がなくても、他の部分の解離により枝別れ部分が閉塞され、枝の血流が不良となることもあります。大動脈解離により、頭部の血管が閉塞されると脳梗塞となり、冠状動脈の閉塞は心筋梗塞となります。どの枝の血流が不良になっても、命にかかわる症状となります。

③大動脈弁の閉鎖不全
大動脈の始まりは心臓の出口ですが、ここには心臓から出た血液が、再び、心臓に戻ることなく、血液の流れを一方向にするための大動脈弁があります。
大動脈の解離が根元まで進行すると、この弁の枠が壊れ、大動脈弁が閉じなくなり、一度、心臓から大動脈に出た血液が心臓に逆流することも予想されます。
これを大動脈弁閉鎖不全と呼び、心臓には急激な負担がかかり、急性心不全状態となります。
身体の血液の循環は不良となり、重症例では、急激に血圧が低下し、ショック状態を引き起こします。

(3)治療

大動脈解離の主たる治療は、血圧を下げる療法と、手術療法があります。

①血圧を下げる治療
大動脈解離の被害者に、最初に実施される治療方法です。
確実に血圧を下げる必要から、点滴で薬剤が投与され、急性期を過ぎると内服薬で血圧をコントロールしていきます。100~120mmHg 以下がコントロールの目標とされています。

②手術、人工血管置換術
手術では解離した大動脈を人工血管で取り換えるのが一般的ですが、解離した大動脈をすべて人工血管で取り換えようとすると、身体への負担が大き過ぎて、逆に死に至ることも予想されます。
そこで,人工血管置換術では、内膜の傷の場所、解離の広がり、解離した血管の太さ、枝への血液の流れ、被害者の状態等を総合的に勘案して手術する場所を決定しています。

下左のイラストですが、上行大動脈に解離があるときは、上行大動脈に解離が無いときに比較して致死率が高いといわれています。
これは上行大動脈に位置する解離では、心臓や頭部に行く血管、大動脈弁などが巻き込まれ、規模の大きい合併症が起こりやすく、また解離した部分が容易に拡大して破裂する危険性が高いためです。上記の理由で、上行大動脈を巻き込んだ大動脈解離は、緊急手術が実施されています。

一方、上行大動脈に解離がないときは、下行大動脈が解離しています。
下行大動脈の解離は大動脈の拡大が上行大動脈に比べて穏やかであり、破裂の危険も少なく緊急で手術を行うよりも、まず、血圧を下げる治療で経過を観察、手術を行わないことが一般的です。
しかし、大動脈からお腹の臓器に行く血管に問題が生じているときは、手術が考慮されています。

大動脈解離の新しい治療、ステントグラフト
大動脈解離の新しい治療、ステントグラフト

血管が膨らんだ形の大動脈瘤では、大動脈の中を内貼りする人工血管、ステントグラフトを血管の中から挿入し、血管を大動脈瘤と隔離するカテーテル治療が一般に行われるようになりました。
同様の手法を大動脈解離にも用いる治療が始まっています。
足の付け根を5 ㎝ほど切開、皮膚下の動脈を露出させ、細いさやの中に縮込めた針金のついた人工血管、ステントグラフトを動脈の中に挿入、解離した大動脈の中まで進めます。
ここでさやを引き抜き、さやの中に入っていたステントで大動脈の壁を内貼りします。

ステントの入ったさやを解離した大動脈の中に進め、さやを引き抜き、ステントを解離した大動脈の中で広げ、解離のエントリーを内側から塞ぎ、解離の進展を止めます。

(4)後遺障害のポイント

1)大動脈解離では、真腔と偽腔が交通している偽腔開存型が多いのですが、偽腔に流入した血液が比較的短期間で血栓・器質化し、偽腔に血流のない偽腔閉塞型となることがあります。

偽腔閉塞型では、解離部の線維化が完成すると、解離部は正常な血管壁よりむしろ強靱となり、破裂する危険はなくなると考えられており、後遺障害の認定はありません。

2)偽腔開存型を残しているものは、11級10号、
ピラピラの偽腔開存型を残しているものは、大動脈径の拡大を避けるという観点から、血圧の急激な上昇をもたらすような重労働は制限されることになり、労務に一定の制限が認められ、11級10号が認定されています。もっとも、日常生活や通常の労働に制限が生じることはありません。

(10)心臓、弁の損傷

心臓、弁の損傷

(1)病態

心臓は、全身に血液と酸素を供給する、ポンプの役割を果たしています。
全身に酸素を届けたあとの血液=静脈血は右心房から右心室へ戻り、肺に送られます。
肺で酸素が供給された血液=動脈血は、左心房から左心室へ送られ、大動脈を通って全身を循環し、酸素を届けます。この一連の動きは、途絶えることなく、1日に10万回も繰り返されています。

血液の流れを一定方向に維持するために、心臓内の4つの部屋には、弁が設置されています。
①右心房と右心室にあるのが三尖弁、
②右心室と肺動脈の間にあるのが肺動脈弁、
③左心房と左心室の間にあるのが僧帽弁、
④左心室と全身をめぐる大動脈の間にあるのが大動脈弁です。

大多数は、鋭利な刃物や弾丸により、心筋、心膜、心室中隔、弁・腱索・乳頭筋、冠動脈などの損傷をきたした穿通性心臓外傷であり、交通事故では、滅多に経験しないものです。
私は、トラックの荷崩れにより、ロープが掛かっていた鉄製のフックが後方に飛び、後方を走行中の軽トラックの運転手を直撃、大動脈弁を損傷した被害者を担当した経験があります。
金属片が胸部を直撃したような工場内の労災事故であれば、複数例の経験があります。
さすがに、刃物、弾丸の経験はありません。
ネットでは、バイク事故2、自動車事故4、転落1例が紹介されています。

(2)症状

症状は、意識障害、頻脈、頻呼吸、四肢冷感および冷汗などのショック症状を示しています。
心タンポナーデを発症していれば、血圧低下、静脈圧上昇、心音減弱、頚部の静脈が膨れる頚静脈怒張、呼吸に伴い、大きくなったり小さくなったりする脈、奇脈などがみられます。

(3)診断と治療

身体所見、胸部X線、胸部CT、心電図、超音波などの検査によって、急ぎ、確定診断が行われます。

治療では、緊急手術が絶対に必要、迅速、適切な外科治療以外に救命する方法はありません。
TV、ERの一シーンですが、重いショック状態で手術室まで移送するのが困難なときは、ER室で緊急開胸を行い、心縫合が行われているようです。
心タンポナーデを起こしているときには、心嚢穿刺や心嚢ドレナージを行い、一時的に状態の改善を図り、引き続いて開胸手術が実施されています。

(4)後遺障害のポイント

1)交通事故、労災事故では、外力により大動脈弁、僧帽弁または三尖弁の弁尖が損傷、腱索または乳頭筋が断裂することが報告されています。
弁尖が損傷し、あるいは腱索または乳頭筋が断裂したときは、弁の閉鎖不全をきたします。
そのため、左心系の弁では、早期に心不全が出現するのですが、三尖弁損傷では、長期間を経過後に症状が出現することが多く、この点にも注意を払わなければなりません。

※尖弁・半月弁・腱索・乳頭筋
尖弁=房室弁は右心房室間の三尖弁と左心房室間の僧帽弁、半月弁=動脈弁は、右心室と肺動脈間の肺動脈弁と左心室と大動脈弁間の大動脈弁を言います。
三尖弁と僧帽弁は、腱索と呼ぶヒモで心室にある乳頭筋につながっていますが、動脈弁と大動脈弁は3枚のポケット弁で腱索や乳頭筋とは関係ありません。

尖弁・半月弁・腱索・乳頭筋

2)機械弁に置換されたときは、9級11号、
機械弁の長所は、優れた耐久性ですが、血栓が形成されやすくなり、脳塞栓や弁の機能不全をきたすことも予想されることから、生涯、抗凝固薬を飲み続けることになり、定期的な受診も必要となります。
代表的な経口抗凝固薬は、エーザイのワーファリンです。
また、抗凝血薬療法では、外傷などで出血すると出血量が大きくなり、出血部位によっては重篤な事態に至る可能性があり、製造業や建設業など、外傷を負いやすい職種は避ける必要があります。
職種に相当な制限を受けることから、9級11が認定されています。

機械弁、生体弁<※写真左が機械弁、右が生体弁

※人工弁について
生体弁にはステント付きとステントレスがあります。
ステントというのは弁の支柱のようなもので、日本で使われているステント付き生体弁は、ウシの心膜を利用したものです。ウシの心膜が、開いたり閉じたりするピラピラした弁膜の部分になり、それを支えるステントは人工物から出来ています。
心臓に縫いつける、縫いしろの部分も人工線維からできています。

ステントレスとは、ブタの大動脈弁そのものを加工したもので、ステントの部分がないものです。
ステントレスの最大の利点は、固い部分が無く、弁の柔軟性が保たれ、いろいろな状況で心臓に馴染む、より生理的で、本来の正常な弁に近いという点です。
もう1つの利点は、人工部分がなく、弁の耐容性はステント付きより優れているという点です。
ただし、技術的には、複雑で経験を要するため、対象は特殊な状況の患者さんに限られています。
今後は様々な状況で、この弁が選択される機会が増えると考えられています。

機械弁は、すべて人工の材料で制作されている弁です。
1960年に初めて人体に使用されてから、様々なタイプの機械弁が開発されてきています。
現在の主流は、二葉弁といって、主にパイロライティックカーボンという材料でできた半月状の二枚の板が蝶の羽のように開閉する構造をしているタイプです。

人工弁の評価は、次の3点に凝縮されます。
①耐久性=長持ちするかどうか、
②血行動態=弁としての働きはどうか、
③抗血栓性=血の固まりが付きにくいかどうか、

まず、耐久性に関しては、機械弁が明らかに優れています。
どの年代の人でも一生涯保ちます。
次に、血行動態ですが、現在の主流である二葉弁タイプが最良の出来映えであり、構造や材質に長年にわたり改良が加えられており、ほぼ問題はありません。

最後に、抗血栓性についてですが、一般に、体内を流れる血液の中に人工の物質が晒されると、血液はそれを取り囲むように固まり始めるのです。
この血の固まりを血栓と呼んでいます。
当然、機械弁も心臓の中に挿入すると血栓が付いてしまいます。
現在、かなり血栓は付きにくい材質、構造になってはいますが、まだ薬物の力を必要としています。

3)生体弁に置換されたものは、11級10号
生体弁の長所は、血栓ができにくいこと、感染症に強いことですが、短所としては、耐久性が悪く、一般的には、15年で再置換の必要があると言われています。
生体弁に置換し、抗凝血薬療法を行わないときは、一部の過激な労働には支障をきたすと考えられるところから11級10号が認定されます。

4)生体弁に置換したものであっても、心房細動が慢性化したときは、抗凝血薬療法が不可欠となることから、機械弁に置換したときと同様に、9級11号が認定されています。
つまり、弁を置換、症状固定後も抗凝血薬療法を行うものは、9級11号が認定されるのです。
この辺りが、交通事故後遺障害の奥の深いところです。

5)その他の弁損傷
弁が損傷して機能不全をきたし、心不全の症状があるときは、治療の対象となります。
ところが、弁が損傷していても、外科手術、弁形成術または人工腱索移植術が実施されてはいないが、心不全には至らず、負荷の大きい労作を行うときに、息切れを生ずるものがあります。
弁の損傷は認められるが、身体活動に制限はなく、通常の身体活動では疲労、動悸、呼吸困難を生じない、運動耐容能がおおむね8METsを超えるものと医師が認めるものは、11級10号が認定されます。運動負荷試験により立証しています。