私は被害者なんだから、治療費は、加害者が負担すべきでしょう?
この考え方が主流ですが、実は、治療費は、損害賠償額の大部分を構成しています。
治療費を含む総損害額が120万円未満、つまり自賠責保険の範囲内にとどまれば、一般的には、被害者の過失相殺が行われることはなく、上記の考えが成立します。
しかし、入院を伴う重傷事故では、120万円突破は確実ですから、自賠法の無過失責任主義は吹っ飛んでしまい、民法709条、過失責任主義が適用され、損害賠償が実行されることになります。
つまり、治療費を含む総損害額から、被害者の過失が問答無用で棒引きされることになり、この治療費を含むというところが、健康保険適用のポイントとなるのです。
1)過失相殺における治療費のカラクリ
費目 | 過失割合20:80 | ||
自由診療 | 健康保険 | 労災保険 | |
治療費 | 200万円 | 30万円 | ※120万円 |
休業損害・慰謝料など | 250万円 | 250万円 | ※250万円 |
総損害額 | 450万円 | 280万円 | 250万円 |
過失相殺額 | 90万円 | 56万円 | |
手元に残る賠償金 | 160万円 | 194万円 | 200万円+α |
①自由診療・点単価20円のときは?
加害者からの損害賠償額は、20%の過失相殺で、450万円×80%=360万円となります。
治療費を差し引くと、360-200万円=160万円が被害者の手元に残る賠償金となります。
過失割合は20:80でも、被害者の取り分は64%、治療費の過失相殺額40万円を被害者が負担することで、36%がカットされたことになるのです。
②初診から健康保険・点単価10円を適用したときは?
自由診療で200万円の治療費は、健康保険の適用で100万円にダウンします。
さらに、被害者負担分は30%の30万円となり、総損害額は(30万円+250万円)×80%=224万円
治療費を支払うと194万円が手元に残ります。治療費の残り70万円は、健康保険組合が損保に求償請求をしたときに20%が相殺されるので、被害者に負担はありません。
自由診療では、160万円、健康保険適用では、194万円が被害者の手元に残るのです。
被害者の取り分は78%ですから、22%が過失相殺されたことになります。
③初診から労災保険・点単価12円を適用したときは?
治療費は、治療先から労働基準監督署に一括請求されます。
労災保険では、被害者に治療費の一部負担がありません。
250万円×80%=200万円が被害者に支払われ、文字通り20%の過失相殺で済みます。
治療費は労働基準監督署が損保に求償請求し、20%が過失相殺されて、支払われています。
労災保険に休業補償を請求すると、休業4日目から60%の休業給付金と20%の休業特別支給金が支払われます。その後、被害者は、損保に40%の休業損害を請求することができます。
なぜなら、休業特別給付金は、労災保険独自の制度であるからです。
休業補償給付を組み合わせると、休業損害の過失相殺分は大幅に緩和されます。
しかし、労災保険には、慰謝料の支払いはありません。
過失が10%でも、貴方の手元に残るのは80%ですよ?
※自由診療では160万円、健康保険適用では194万円、労災保険適用なら200万円+αとなる?
※被害者の過失が20%でも、差し引かれる割合は20%以上となる?
これを過失相殺のカラクリと呼んでいます。
被害者過失が50%となれば、
自由診療では、25万円、健保適用で110万円、労災適用なら125万円しか残りません。
したがって、過失事案では、健康保険もしくは労災保険の適用を避けて通ることができないのです。
損保の担当者や依頼を受けた保険調査員が入院中の病室で、「貴方にも、少しの過失が認められますので、健康保険の適用をお願いできないでしょうか?」 丁寧に、やや恐る恐る切り出します。
被害者の過失が0%のときでも、重篤な症状で高額の治療費が懸念されるときは、健保の適用を打診しています。いずれにしても、打診がなされたときは、爽やかに応じてください。
「なんで、オレの保険を使わんといかんねん?」
こんな反応を示す被害者が多いのですが、ここは、我慢してください。
シバシバ保険料を滞納し、迷惑を掛けていても、こんなときに限っては、「オレの保険?」 偉そうに?
治療費を合理的に節約できて、そして、あなたの取り分が増えるなら、なんの問題もないのです。
さらに、過失割合についても、入院中ですから、過剰反応をする必要はありません。
退院してから、ゆっくり協議すればいいのですから、冷静に聞いて置けば、それでいいのです。
本件交通事故が、通勤途上や業務中に発生していれば、労災保険の適用となります。
労災保険では、被害者に治療費の負担は発生しません。
治療費は、労災保険から請求がなされたときに、損保が過失相殺して支払います。
そして、通勤途上や業務中に発生した交通事故では、健康保険を適用することができません。
過失割合のカラクリでも説明していますが、オレの保険なんて居直ったら、損保からバッシングを受け、チョー生意気な弁護士が登場してボコボコにされます。
さらに、過失相殺を自分の取り分だけで計算してはなりません。
被害者過失が10%のとき、被害者の手元に残る賠償金は、平均的には、80%となります。
過失事案では、理屈なく待ったなしで健康保険、労災保険の適用を急がなければなりません。
2)健康保険の適用と手続き
①交通事故で健康保険の適用ができるの?
大阪地裁判決S60-6-28は、
「健康保険取り扱いの指定を受けている医療機関である限り、被保険者が、保険証の提示をして、健康保険の適用を求めれば、これを拒否することはできない。」 と判示しています。
「交通事故では、健康保険は使えませんよ?」
これは都市伝説で、交通事故受傷であっても、健康保険の適用は可能です。
ここでは入院を伴う過失事案を説明しています。
治療が通院にとどまるときは、治療先の希望を優先し、自由診療が前提となります。
②健康保険切替の手続き?
「第三者行為による傷病届」 さて、聞き慣れない言葉です。
健康保険は、疾病や傷病に適用ができますが、加害者=第三者の不注意が原因で負傷したとき、健保組合は治療費を一旦、立て替えるだけのことで、後に加害者に請求して回収をしているのです。
そこで、どこの誰に請求をすればいいのか、これを明らかにしなければならないのです。
第三者行為による傷病届とは、事故の事実、加害者・加入の損保を明らかにする書類なのです。
※書式
①第三者行為の傷病届
事故発生状況、見取図、当事者の住所氏名、自賠責・任意保険等を記入、
健保組合の立替治療費の請求先を明らかにします。
②念書
健保組合が立て替えた治療費は、貴方に断りなく加害者から回収することになります。
念書とは、このことについて、健保組合が被害者の同意を得る用紙です。
治療費も被害者の損害賠償額の一部であり、回収するには、損害賠償請求権者である被害者の了解を得ておく必要があるのです。
③誓約書
治療費は、責任を持って支払いますとの内容で、加害者或いは損保が健保組合に差し入れます。
④交通事故証明書
申請時に本通を添付します。
※届け先
①国民健康保険
用紙はお住まいの地方自治体に備えられ、多くは保険年金課が担当しています。
自治体が国民健康保険団体連合会に加盟しているときは、用紙は、こちらに送付しますが、未加盟なら、用紙を取り付けた自治体に送付します。 窓口で詳細を教えてくれます。
②社会保険
管轄の社会保険事務所で用紙を取り付け、送付します。
③健康保険組合=組合健保
会社の健保組合で用紙を取り付け、届け出ます。
先の手続きには、交通事故証明書の本通を添付しなければなりません。
事故後、直ちに、交通事故証明書が発行されることはありません。
したがって、手続きを慌てることはありません。
交通事故受傷で入院のときは、損保が健康保険の適用を被害者に打診、この手続きを代行します。
損保から、この申し入れがなされたときは、
※過失割合に関係なく爽やかに応じてください。
※治療先との交渉は、損保に一任してください。
これらの2点を守ってください。
治療費を健康保険の適用とすることは、治療先にとって、請求できる治療費が2分の1にカットされることを意味しています。 こんな交渉に被害者がしゃしゃり出てはなりません。
治療先にこころよく思われないからです。
3)官僚の屁理屈
「加害者が加入の損保に、受傷4カ月で治療を打ち切られ、やむなく国民健康保険の適用で市役所の保険年金課を訪ねたが、適用を拒否された?」 ヤフー知恵袋での質問がありました。
保険年金課の問い合わせに、損保が治療費の負担を拒否したことを理由としているのですが、本音は、「面倒な仕事が増えるから、なるべく健康保険を使わせたくない?」
地方公務員の腹の内ですが、その通りには言えませんので、屁理屈を多用、窓口規制をするのです。
こんなとき、屁理屈には、ヘリクツで応戦すればいいのです。
「ヤクザ同士の抗争で、ピストルで撃たれたら、立派な第三者行為ですよね、あなた達は、撃ち込んだ極道に治療費を請求して回収しているのですか?」
「ひき逃げで犯人が見つからないとき、犯人不明として健康保険の適用を拒否しているのですか?」
続けて、「この用紙は、第三者行為の傷病届と書いてあり、ですから私は届け出たのです。
貴方に許可を求めているのではありませんが、それでも、あなたの許可が必要でしょうか?」
これで、窓口の公務員は譲歩してくれます。
4)傷病手当金の効用?
業務中や通勤災害以外、つまり労災保険の適用ができない事故で休業中、これが長期の休業となると、相手損保が症状固定であるとして休業損害の支払いをストップしてくることがあります。
そんなときは、社会保険や健保組合に傷病手当金を請求すると一息がつけます。
①仕事以外の病気や怪我で休業していること、
②4日以上、連続して休業していること、
③休業期間について給与の支払いがなされていないこと、
上記の3つの要件を満たしていれば、社会保険、健保組合に傷病手当金を請求することができます。
ただし、国民健康保険には、この制度がありません。
また、任意継続の期間中に発生した病気や怪我については、傷病手当金は支給されません。
①支給額は?
支給日額は、(支給開始日以前の12カ月間の標準報酬月額の平均額÷30日)の3分の2です。
②支給される期間は?
傷病手当金の支給期間は、休業の開始日から、3日間は待機し、4日目から最長1年6カ月間です。
③傷病手当金Q&A
Q1 入院ではなく、通院でも傷病手当金の請求はできますか?
A 通院であっても、休業しており、給与の支給がなければ、請求できます。
また、給与の支払いがあっても、傷病手当金の額よりも少ないときは、その差額が支給されます。
Q2 事故で顔面に大きく目立つ醜状が残りました。近日中に、形成外科に入院して目立たなくする手術を受けるのですが、傷病手当金の請求はできますか?
A 上記の事情であれば、傷病手当金の請求は可能です。
しかし、単なる美容整形術で、病気と見なされないものは、支給対象外です。
Q3 支給期間が1年6カ月とのことですが、私は6カ月間休み、その後の1カ月間は就労復帰をしたのですが、やはり仕事に就くことができず、現在休んでいます。
この場合は、1年7カ月間の支給となるのでしょうか?
A 1年7カ月間とはならず、就労復帰の1カ月間を含めて、1年6カ月と計算されます。
支給開始から1年6カ月が経過したときは、どのような理由があっても、支給されません。