名古屋地裁判決H13-8-10 平成13年(ワ)1400号 10:90
歩行、横断禁止の表示のなされていない名古屋市交通局が所有・管理する千種区星ヶ丘バスターミナル内を歩行する61歳男性がバスの衝突を受け死亡した事案で、ガードパイプなどの設置も不完全であり、目前の公道へは地下階段利用を強いるなど、老人などの弱者の乗降客には酷な構造であったとして、被害者の過失については10%を認定しています。
事故の1年前に定年退職となり、その後は職業安定所に通い職を探していた61歳男性被害者の死亡逸失利益について、賃金センサス男性60~64歳平均を基礎に、生活費を40%控除して9年間の逸失利益、1955万円を認定しています。 458万4400円×(1-0.4)×7.108=1955万円
男性、退職後無職者の死亡事案について、死亡慰謝料として2500万円を認定しています。
被害者は、妻、成人の2名の息子と同居していました。
本件事故は、バス運転手の前方不注視が主たる原因ですが、被害者についても、横断指定位置以外の場所でバス通路を横断する以上、通行車両の有無およびその動向に注意すべき一般的な義務があるにもかかわらず、通行車両の動向を十分に注視しなかった過失があるとしています。
①バス通路内に横断禁止の表示はなく、横断を防ぐガードパイプ等の設置も完全ではなかったこと、
②北側のホームから公道に向かうには、一旦、地下通路に入って南側ホームを経由しなければならないが、公共交通機関である市バスのターミナルで、老人など、不特定多数の乗降客に、階段の上り下りを強いることは酷と思われ、本件事故現場を横断歩道付近と同一視することは相当ではないこと、
③被害者以外にも、バス通路を横断する歩行者の存在が日常的に予想される状況であったこと、
④夜間ではあるが照明があり、明るいこと、
上記を考慮すれば、バス運転者と被害者の過失割合は90:10とするのが相当と判示しています。
NPOジコイチのコメント
裁判判例の分析では、毎回のことですが、常識的な目線による解決を強く感じます。
先の判例でも、名古屋市交通局は、バス通路はバスが頻繁に走行しており危険であるとして、被害者過失について50%を下らないと主張したのですが、
①横断禁止では、ありませんよ、
②横断を防ぐガードパイプも不十分だったではありませんか、
③地下通路を強制するのは、少々酷ではありませんか、
④現に、たくさんの乗客が、バス通路を歩いて横断しているじゃないの、
⑤夜間であっても、照明が点灯され、明るいじゃないの、
⑥バスの運転手は、衝撃を感じてバスを停車させるまで、被害者に気がついていませんよ、
⑦もちろん、こんなところを漫然と横断した被害者にも過失はありますよ、
裁判所は、証拠に基づき、上記の7項目を指摘、10:90と判断しているのです。
さて、最近の被害者からの問い合わせですが、受傷から7カ月を経過した時点で、治療先で症状固定、後遺障害診断を受け、加害者加入の自賠責保険に対して被害者請求を行いました。
40日ほど経過して、14級9号が認定され、自賠責保険から75万円が振り込まれました。
被害者は、後遺障害等級が認定されたので、紛センでの解決を検討していたのですが、損保の提示額が予想以上に高く評価されていたところから、提示額に納得をして示談としました。
この示談金は振り込まれ、円満解決となった2カ月後、先の損保から過払いがあるので、示談金の一部を返還、再示談の申し入れがなされました。
損保は、自賠責保険の認定額75万円が被害者請求で振り込まれていたことを失念、既払い金として相殺することを忘れて示談金を提示したもので、実にお粗末極まりない内容です。
私の間違いで75万円を余分に振り込んだので、返してくれませんかと泣きついているのです。
①損保の提示額が私の予想以上であったので、納得して示談したものであること、
②そして、示談は適法に完了していること、
③75万円が過払いであっても、それを間違えたのは損保であり、被害者が誘導したものではないこと、
上記の3点が被害者としての言い分で、法律的には返還の義務はないと結論しているのですが、損保は弁護士対応としており、弁護士が強気で、自信がないので、私のところに相談してきているのです。
法律的にはどうなのか、この議論となると、私は弁護士、専門家でないので分かりません。
しかし、その前に、
①人間であれば、誰しも間違いをすること、
②明らかな誤り、間違いであれば、それは訂正されるべきものであること、
③提示額の個々の費目の検証を行っていないとしても、予想以上に多いとの印象を抱いたこと、
私は、イケイケドンドンの性格ですが、毎日の判例分析で冷静な眼力を向上させていますから、返還を前提とした交渉をアドバイスしました。とは言っても、75万円をまるまる返還するのではなく、損保も弁護士に委任しているのですから、損害を損保の基準ではなく、赤本基準で積算し直し、そこから75万円を差し引いて解決してはどうかと提案したのです。
この提案には、赤本基準のカラクリがあります。
通院慰謝料は、70万6000円⇒97万円
主婦の休業損害は、17万1000円⇒30万9000円、
後遺障害慰謝料は、40万円⇒110万円、
逸失利益は、35万円⇒81万4000円、
先の示談額は、237万7000円でしたが、赤本基準では319万3000円となります。
赤本基準から75万円を差し引いても、244万3000円となり、返してくれと大騒ぎしている損保が、6万6000円を追加払いしなくてはならないのです。
「重複払いであることを確認しましたので、75万円は返却し、再示談に応じます。手元の示談書は破棄しましたので、新しい示談書を送付してください。」 このメールを損保の弁護士に送信しました。
直後に、損害総額162万7000円の示談書と75万円の振込票が郵送されてきたのですが、
「○○先生は、今回は損保の代理人ですが、弁護士先生ですので、私の損害賠償額は、赤本基準で引き直してください。そこから75万円を差し引いた損害賠償額で、私は再示談に応じます。」 やはり、メールを送信したのです。
ここから、スッタモンダがあったのですが、元は、損保担当者のミスが原因であり、被害者の言い分にスキも瑕疵もありません。結局、本件では、6万6000円の追加払いで決着がつきました。
先の示談を破棄し、再示談に応じると表明したことが、本件の勝因です。