従来、労災保険、Giroj調査事務所の想定する頭部外傷は、局在性脳損傷に限定していました。
局在性脳損傷とは、大脳皮質には、運動・感覚・聴覚・視覚・言語などをつかさどる種々の中枢があって、各部位の機能を分化しているのですが、ある部位を外傷で損傷すると、その部位の機能が亢進、破壊されて、その部位の分担する機能が脱落するなど、一定の症状が現れます。
つまり、脳挫傷、頭蓋骨骨折、外傷性てんかんなどによる局在性脳損傷から発症する失行、失認、失語といった大脳の巣症状に対して、後遺障害等級を判断してきたのです。
ところが、平成13年12月、頭部外傷において、高次脳機能障害という概念が登場してきたのです。
実は、平成10年頃から、頭部外傷後に、認知障害と人格変化が併存して出現し、社会生活適応能力が大きく低下するなど、局在性脳損傷では説明できない問題が世間を賑わすようになったのです。
そこでGiroj調査事務所は、平成12年から検討を開始し、平成13年12月には、Giroj調査事務所内に高次脳機能障害委員会を立ち上げ、認定システムを確立し、平成15年、平成19年、平成23年、平成30年5月まで4回の見直しを実施し、現在に至っています。
脳外傷後の高次脳機能障害の典型的な症状は、全般的な認知障害と人格変化の併存です。
認知障害とは、記憶・記銘力障害、集中力障害、遂行機能障害、判断力低下、病識欠落などがあり、①新しいことを学習することができない、
②複数の仕事を並行して処理することができない、
③行動を計画して実行することができない、
④周囲の状況に合わせた適切な行動ができない、
⑤危険を予測・察知できない、などが生じます。
人格変化では、感情易変、不機嫌、攻撃性、暴言・暴力、幼稚、羞恥心の低下、多弁(饒舌)、自発性・活動性の低下、病的嫉妬・妬み、被害妄想、などの症状が生じます。
認知障害と人格変化は、脳外傷によるびまん性脳損傷を原因として発症しています。
現実には、びまん性脳損傷と局在性脳損傷とが併存することも、しばしば経験しています。
また、びまん性脳損傷では、神経症状として小脳失調による起立・歩行障害や構語障害がしばしば随伴するとともに、痙性片麻痺・四肢麻痺・四肢の振戦などが併発することも多く経験しています。
脳外傷後に、小脳失調と痙性片麻痺があれば、高次脳機能障害を疑わなければなりません。
脳外傷による高次脳機能障害では、上記症状の後遺によって、社会生活適応能力が様々な程度に低下することが大きな特徴としてあげられ、軽症では忘れっぽい程度で日常生活をこなせることもあるのですが、重症では、見守り看視や介護を要し、最重症では遷延性意識障害となります。
被害者の社会生活適応能力が低下しているかどうかの判断は、一般的には、成人であれば就労状態、小児にあっては、就学状態が重要な要素となっています。
高次脳機能障害は、ともすれば見落とされやすい障害であることにも、注意しなければなりません。
高次脳機能障害という傷病名は、平成14年からで、まだ、16年を経過したに過ぎないのです。
①急性期の治療を担当した医師が、その存在に気づかなかったことが、今でも発生しています。
②被害者は、自己洞察力が低下しており、症状には気がつかず、これを訴えることはありません。
③介護をする家族も、急性期から脱した頃には、「命が助かってよかった。」 という思いが強く、被害者の高次脳機能的症状にすぐには気づかないこと、また、気づいても、初めの内は、事故後の回復過程だろうと安易に考えてしまうことが多いのです。
こうした見落としは、
①高次脳機能障害が平成12年以前には、それほど注目されていなかったこと、
②高次脳機能障害の傷病名が、医学的に定義されていなかったこと、
③したがって、客観的診断法が見当たらなかったこと、
④高次脳機能障害が、脳の器質的損傷であるとの認識が薄かったこと、
などの影響を受けているものだと思われます。
頭部外傷後の高次脳機能障害では、中枢神経系(脳)の障害と同じく、原則として、全ての諸症状を総合的に評価して、労働能力に及ぼす影響の程度により、別表Ⅰの1級1号、別表Ⅰの2級1号、別表Ⅱの3級3号、5級2号、7級4号、9級10号の6段階に区分して等級が認定されています。
※小脳失調
小脳と密接な連絡をもつ脳幹・脊髄の障害により運動を円滑に遂行できない状態のことです。
下肢では、起立時に体が不安定で動揺するため足を広く開く、歩行も、手足の動きがばらばらで協調がとれず、開脚で酔ったときのように千鳥足となる酩酊歩行の症状が、上肢でも、書字が乱れる、ネクタイを結べない、ボタンをかけられない症状が現れます。
※痙性麻痺
弛緩性麻痺とは反対の状態で、筋肉が硬直し手足の運動ができない状態をいいます。
※振戦
いわゆる、ふるえのことで、
筋肉の収縮、弛緩が繰り返されたときに起きる不随意のリズミカル運動のことをいいます。
アル中の禁断症状として知られています。
※年度・等級別高次脳機能障害認定件数
2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 | 2016 | |
1級 | 598件 19.5% |
604 19.1 |
587 19.4 |
574 19.3 |
705 23.0 |
680 22.3 |
669 22.7 |
2 | 441 14.4 |
458 14.5 |
371 12.3 |
371 12.5 |
419 13.7 |
385 12.6 |
363 12.3 |
3 | 337 11.0 |
368 11.6 |
340 11.2 |
306 10.3 |
282 9.2 |
315 10.3 |
297 10.1 |
5 | 387 12.6 |
399 12.6 |
340 11.2 |
367 12.3 |
341 11.1 |
348 11.4 |
327 11.1 |
7 | 618 20.1 |
616 19.5 |
577 19.1 |
531 17.8 |
530 17.3 |
583 19.1 |
554 18.8 |
9 | 690 22.5 |
718 22.7 |
812 26.8 |
829 27.8 |
782 25.6 |
738 24.2 |
741 25.1 |
計 | 3071 | 3163 | 3027 | 2978 | 3059 | 3049 | 2951 |
高次脳機能障害として等級が認定された被害者数は、7年平均で3042人となっています。
NPOジコイチでは、高次脳機能障害、遷延性意識障害、脊髄損傷、そして死亡事故については、別枠で、後遺障害の立証方法、裁判判例も含めて、詳細を解説しています。
※頭部外傷の後遺障害
1)別表Ⅰ 介護を要する神経系統の機能または精神の障害
等級 | 障害の内容 |
1 | 1:神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの |
局在性脳損傷では、重度の神経系統の機能または精神の障害のために、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について常に他人の介護を要するもので、脳損傷に基づく高度の片麻痺と失語症の合併、脳幹損傷に基づく用廃に準ずる程度の四肢麻痺と構音障害の合併など、日常全く自用を弁ずることができないもの、または高度の痴呆や情意の荒廃のような精神症状のため、常時、看視を必要とするものが、これに該当します。 なお、常に他人の介護を要するものとは、家族を含め、いわゆる第三者の介護、看視を要するものをいい、医師または看護師の介護、看視の意味ではありません。 |
|
高次脳機能障害では、身体機能は残存しているが、高度の痴呆があるために、生活維持に必要な身のまわり動作に全面的介護を要するもの | |
2 | 2:神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの |
局在性脳損傷では、高度の神経系統の機能または精神の障害のため、随時介護を要するもので、脳損傷に基づく運動障害、失認、失行、失語のため、自宅内の日常行動は一応できるが、自宅外の行動が困難で、随時他人の介護を必要とするもの、および痴呆、情意の障害、幻覚、妄想、発作性意識障害の多発などのため、随時他人による看視を必要とするものがこれに該当します。 | |
高次脳機能障害では、著しい判断能力の低下や情動の不安定などがあって、1人で外出することができず、日常の生活範囲は自宅内に限定されており、身体動作的には、排泄、食事などの活動を行うことができても、生命維持に必要な身辺動作に、家族からの声掛けや看視を欠かすことができないもの。 |
2)別表Ⅱ 神経系統の機能または精神の障害
等級 | 内容 |
3 | 3:神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの |
局在性脳損傷では、生命維持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、高度の神経系統の機能または精神の障害のために、終身にわたり、およそ労務に就くことができないもので、四肢の麻痺、感覚異常、錐体外路症状および失語などのいわゆる大脳巣症状、人格変化(感覚鈍麻および意欲減退など)または記憶障害などの高度なものがこれに該当します。 麻痺の症状が軽度で、身体的には、能力が維持されていても精神の障害のために、他人が常時付き添って指示を与えなければ全く労務の遂行ができないような人格変化が認められるときも、これに該当します。 |
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高次脳機能障害では、自宅周辺を1人で外出できるなど、日常の生活範囲は自宅に限定されておらず、また、声掛けや介助なしでも日常の動作を行えるが、記憶力や注意力、新しいことを学習する能力、障害の自己認識、円滑な対人関係維持能力などに著しい障害があって、一般就労が全くできないか、困難なもの | |
5 | 2:神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの。 |
局在性脳損傷では、神経系統の機能または精神の著しい障害のため、終身にわたり、極めて軽易な労務のほか服することができないもので、神経系統の機能の障害による身体的能力の低下または精神機能の低下などのため、独力では一般平均人の4分の1程度の労働能力しか残されていないときが、これに該当する。 他人の頻繁な指示がなくては、労務の遂行ができないとき、または労務遂行の巧緻性や持続力において平均人より著しく劣るときなどは、これに含まれる。 |
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高次脳機能障害では、単純繰り返し作業などに限定すれば、一般就労も可能であるが、新しい作業を学習できない、環境が変わると作業を継続できなくなるなどの問題がある。このため一般人に比較して作業能力が著しく制限されており、就労の維持には、職場の理解と援助を欠かすことができないもの。 | |
7 | 4:神経系統の機能または精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの |
局在性脳損傷では、中程度の神経系統の機能または精神の障害のために、精神身体的な労働能力が一般平均人以下に明らかに低下しているもので、労働能力が一般平均人以下に明らかに低下しているものとは、独力では、一般平均人の2分の1程度に労働能力が低下していると認められることをいい、労働能力の判定に当たっては、医学的他覚的所見を基礎とし、さらに労務遂行の持続力についても十分に配慮して総合的に判断することになります。 | |
高次脳機能障害では、一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどのことから、一般人と同等の作業を行うことができないもの。 | |
9 | 10:神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの |
局在性脳損傷では、一般労働能力は残存しているが、神経系統または精神の障害のため、社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもので、身体的能力は正常であっても、脳損傷に基づく精神的欠損症状が推定されるとき、てんかん発作やめまい発作発現の可能性、医学的他覚所見により証明できるとき、あるいは軽度の四肢麻痺が認められるときなど(例えば、高所作業や自動車運転が危険であると認められるときが、これに該当します。 | |
高次脳機能障害では、一般就労を維持できるが、作業効率や作業持続力などに問題があるもの |
3)別表Ⅱ 局部の神経系統の障害
等級 | 内容 |
12 | 13:局部に頑固な神経症状を残すもの |
労働には通常差し支えないが、医学的に証明しうる神経系統の機能または精神の障害を残すもので、中枢神経系の障害であって、例えば、感覚障害、錐体路症状および錐体外路症状を伴わない軽度の麻痺、気脳撮影その他他覚的所見により証明される軽度の脳萎縮、脳波の軽度の異常所見などを残しているものが、これに該当する。なお、自覚症状が軽い場合にあっても、これらの異常所見が認められるものは、これに該当します。 | |
14 | 9:局部に神経症状を残すもの |
労働には通常差し支えないが、医学的に可能な神経系統または精神の障害に係わる所見があると認められるもの。 医学的に証明しうる精神神経学的症状は明らかでないが、頭痛、めまい、疲労感などの自覚症状が単なる故意の誇張ではないと医学的に推定されるものが、これに該当します。 |
参考事例は、等級ごとに、特徴的な症例を列記したものに過ぎません。
実際の、高次脳機能障害の等級認定では、個々の参考事例にとらわれることなく、後遺障害の全体像が総合的に評価されています。
いずれであっても、中枢神経系(脳)の外傷による後遺障害では、多岐にわたる臨床症状があり、神経系統と精神の障害を区別して考えることは医学上からも不自然であって、実際にも細目を定めることが困難であることから、原則として、それらの諸症状を総合し、全体病像を検証して、1つの後遺障害等級が認定されています。例えば、失行や失認の精神障害が別表Ⅱの5級2号、上下肢の片麻痺が別表Ⅱの7級4号に該当するとき、併合の方法を用いれば、別表Ⅱの3級となるのですが、全体病像と捉えることで、別表Ⅰの1級1号、別表Ⅰの2級1号、別表Ⅱの3級3号のいずれかに該当するのかを検証しなければなりません。