(2)過労死と過労自殺

労働災害というと、工場で作業中に機械に巻き込まれて怪我をする、建設現場での高所作業中に転落して死亡したりするようなイメージですが、周囲からの暗黙の強制などにより長時間の残業や休日なしの勤務を強いられた結果、精神的・肉体的負担で、あなたの愛する夫、子どもたちが脳溢血、心臓麻痺などで突然死する過労死や過労が原因で自殺する過労自殺なども労働災害と認定されています。

1)脳・心臓疾患・精神障害の労災補償の現況

区分 請求と支給 平成25年度 平成26年度 平成27年度
脳・心臓疾患 請求件数 784(81) 763(92) 795(83)
支給決定件数 306(8) 277(15) 251(11)
うち死亡 請求件数 784(81) 763(92) 795(83)
支給決定件数 306(8) 277(15) 251(11)
精神障害 請求件数 1409(532) 1456(551) 1515(574)
支給決定件数 436(147) 497(150) 472(146)
うち自殺 請求件数 177(13) 213(19) 199(15)
支給決定件数 63(2) 99(2) 93(5)

(  )内は女性の件数、
過労による発症が多い職種は、以下の通りです。
脳・心臓疾患では、①輸送・機械運転 ②専門的・技術的職業 ③販売 ④サービス業 ⑤建設・採掘
精神障害では、①事務 ②専門的・技術的職業 ③サービス業 ④生産工程 ⑤管理職

NPO法人労働相談センター副理事長 須田光照氏によれば、かつて過労自殺したワタミの女性社員では、死亡の数時間前に目覚まし時計やリンスなどを購入したレシートが発見されており、明日も出勤する予定であったことが推量されるのです。
自殺願望のない人が突然、死を選ぶ、これが過労自殺の大変、怖いところです。

平成27年度のデータによれば、過労死では、795件の請求中、支給決定が251件
過労自殺では、199件の請求中、支給決定が93件と少ないことに問題提起をしておきます。

2)なぜ、支給決定数が低いのか?

過労による死亡や自殺では、遺族が、労働基準監督署長に、遺族(補償)年金支給請求書を提出することで、認定作業が開始されます。
この遺族(補償)年金支給請求書ですが、事故状況を詳細に説明する欄は、たったの4行です。
たった4行で、過労死や過労自殺と仕事との因果関係を客観的に明示すことができるのでしょうか?

申請を受けた労働基準監督署は、担当者を決めて精査を始めます。
認定基準は労働基準局通達の3要件であり、これを満たしているかが審査の対象です。

①うつ病・急性ストレス障害など、対象となる疾病であること、
②発病前おおむね6カ月に業務による強い心理的負荷があったこと、
心理的負荷は、強・中・弱に分かれており、労災認定には、強の判定が必要です。
③業務外の個人的要因での発病ではないこと、

監督官は勤務先や取引先などに文書による質問を繰り返し、矛盾がないか振るいをかけて選別、強の心理的負荷があったとみられるときは、業務以外の精神負荷をチェックします。
配偶者の死亡や離婚などがあるときは、仕事上の精神負荷だけが原因なのか、微妙となるからです。
最終的には、自殺事案については、労働局本体の専門部会で判断されています。

なお、認定基準の詳細は、後段で説明しています。

ところが、過重労働の立証では、会社や同僚の協力が得られないことが大きなネックとなっています。
会社の経営者や上司が反省を示し、多くの同僚が同情してくれるのは葬儀のときまでで、数日を経過すれば、会社の箝口令もあり、手のひらを返したような態度になることがほとんどです。

個別に聴き取りを依頼しても、「申し訳ありませんが、協力はできません。」 多くは拒絶されるのです。

電通の女性社員自殺では、

過労死と過労自殺

①一部上場企業であること、
②東大を卒業した新卒の女性であったこと、
③電通に、過去、過労自殺で最高裁まで争った前科があったこと、

これらのニュース・バリューがあって、マスコミが大騒ぎし、立証すべき遺族側に追い風が吹きました。
三田労働基準監督署も重い腰を上げざるを得なくなり、早々と労災認定を決定しています。
電通では、この事件で代表取締役社長が退任に追い込まれました。

しかし、中小の運送店で運転手をしていたお父さん、下請けの建設会社で現場監督をしていた息子さんとなると、マスコミが騒ぐこともなく、遺族に対して追い風が吹くことはありません。
立証では、過労死や過労自殺と労働実態が分かる客観的証拠と証言が必要となるのですが、会社や同僚の協力がなければ、苦境に立たされます。

大半の不支給決定は、なにを用意して、立証すべきかを知らないままに、走り書き状態で遺族補償年金支給請求書を提出してしまったことを原因としています。

労働基準監督署で労災認定が得られなくても、裁判で立証すればいいなんて、ホームページで主張している弁護士もいますが、とんでもない大間違いです。
自賠責保険 調査事務所で非該当となったものが、その後の裁判で等級認定された?
極めて稀であることを理解・承知していれば、そのような軽々な書き込みはできないはずです。

労働基準監督署が不支給と決定したときは、労働基準法および労働者災害補償保険法に基づき審査した結果としての重みが残るのです。
審査請求の申立では、労働基準監督署の判断の誤りを、法解釈と新たな医証を添付するなどして、具体的に指摘しなければならず、ただ文句を繰り返しても、取り上げられることはありません。
最初の、遺族(補償)年金支給請求書の申請段階から、ベストな取り組みをしなければなりません。

過労死や過労自殺の労災事件は、極めて特殊な分野であり、労災申請や損害賠償請求では、弁護士が、特殊かつ専門的な知識や理解、多くの経験則を有していることが決定的に重要となります。

NPOジコイチは、チーム110と連携の弁護士のチームワークで、問題解決をしています。
ホームページに釣られて安易に弁護士を選任するのではなく、まずは、NPOジコイチのフリーダイアル、0120-716-110を利用してください。

3)過労死・過労自殺の判定基準

過労死と過労自殺

H13-12-12、基発1063号
①発症前1カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月当たり概ね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること、

②発症前1カ月間に概ね100時間または発症前2カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められるときは、業務と発症との関連性が強いと評価できること、

1週間に40時間、1日8時間労働が労働基準法で定められた基準で、これを超える部分が時間外労働となるのですが、1カ月80時間の時間外労働とは、具体的には1日8時間労働で20日勤務では、1日4時間以上の残業となります。

厚生労働省が推奨するのは、残業月45時間以内であり、具体的には、1日8時間労働で20日出勤では、1日2時間程度の残業となります。

脳・心臓疾患による過労死の労災認定基準
疾病 脳血管疾患 脳内出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症
虚血性心疾患 心筋梗塞、狭心症、解離性大動脈瘤、心停止
認定基準 異常なできごと ①通常の業務遂行過程においては、遭遇することが稀な事故または災害で、その程度が甚大であったか?
②気温の上昇または低下などの作業環境の変化が急激で著しいものであったか?
短期間の過重業務 発症に近接した時期、おおむね1週間において、特に過重な業務に就労したこと。
過重業務の有無の判断の目安となる具体的な負荷要因は、労働時間、不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交替制勤務・深夜勤務、作業環境(温度・騒音・時差)、精神的緊張を伴う業務など、
長期間の過重業務 発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす過重な業務に就労したこと。
疲労蓄積の観点から負荷要因について検討され、労働時間については発症前1カ月におおむね100時間または発症前2~6カ月にわたって1カ月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められるときは、業務と発症の関連性が高と評価される。

 

精神障害による過労自殺等の労災認定基準
対象となる精神障害 精神障害の代表的なものはうつ病、急性ストレス反応などであって、認知症やアルコールや薬物による障害=依存症は除かれる。
認定基準 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6カ月間の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
心理的負荷をもたらす具体的できごとは、以下の6類型が評価の基準となる。
①事故や災害の体験、
②仕事の失敗、過重な責任の発生など、
③仕事の量・質、
④役割・地位の変化など、
⑤対人関係、
⑥セクハラ、

※過労死・過労自殺に至る兆候 TOP10
①1カ月の残業時間が45時間以上、
②睡眠時間が明らかに足りない、
③食生活が不規則、
④家族関係や人間関係が希薄、
⑤仕事以外のことをしていない、
⑥真面目で責任感が強い、
⑦人への相談の仕方が分からない、
⑧有給休暇を全然取得していない、
⑨ひたすら愚痴をこぼす、
⑩覇気がないと言われる、

4)過労死の判例

※最高裁 H12-3-24 電通事件
電通に勤務する24歳、男性社員が、休日出勤や徹夜を含む慢性的な長時間労働でうつ病を発症し、入社後1年5カ月で自殺しました。

男性社員の両親が、会社に対し損害賠償請求をした裁判では、
東京高裁への差戻審で、会社は、合計1億6800万円を両親に支払う内容で和解が成立し、会社は両親に謝罪するとともに、社内に再発防止策の徹底をする誓約をしています。

⇒裁判では、
①長時間労働によるうつ病と、結果としての自殺に一連の因果関係を認めました。
②上司は、男性社員の状況を把握していたが、しかるべき措置を怠ったとして、会社の安全配慮義務違反を認めました。
③本人の性格を損害賠償算定で減額すべきとの会社側の申出は却下されました。

※またも電通です。
新卒で電通に入社した女性社員が長時間労働の末に自ら命を絶った事件が報道されています。
女性社員は、H27-4、電通に入社、インターネットの広告部門を担当し、10月からは、証券会社の広告業務も加わり、10月が130時間、11月が99時間の残業となっていました。
休日や深夜の勤務も連続し、H27-12-25に、住居の寮から投身自殺しています。
10月には東京労働局が電通を立ち入り調査し、11月には家宅捜索、東京の三田労働基準監督署は、女性社員の自殺に関して、直前の残業時間の大幅な増加が原因だったとして労災認定をしています。
電通の石井社長は2017-1に引責辞任に至りました。

※最高裁判決 H12-3-24
労働者が過重な長時間労働を強いられたことで精神疾患を患い、その後自殺した事案で、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと判示し、精神的健康についての安全配慮義務違反を認めました。

※東京高裁判決 H11-7-28
労働者が過労により脳出血で死亡した事案で、使用者は、労働時間、休憩時間、休日、休憩場所などについて適正な労働条件を確保し、さらに、健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間および内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採るべき義務を負うとして、高血圧症の労働者に、業務の軽減措置等を講じなかったことに安全配慮義務違反があるとしました。

※東京地裁 H8-3-28判決
労働者が、過剰な長時間労働、深夜労働により、うつ病を発症し自殺した事案で、労働者は、休日も含め、H3-1~3月までは4日に1回、4~6月までは5日に1回、7および8月には5日に2回の割合で深夜2時以降まで残業していた事実を認定、自殺との因果関係を認め、1億2000万円の損害賠償を命じました。

※42歳高校教諭のくも膜下出血死は公務災害 名古屋地裁
愛知県立岡崎商業高校の男性教諭、42歳が校内で倒れ、H21-10に死亡したのは過重労働が原因として、公務災害と認めなかった地方公務員災害補償基金の処分取り消しを遺族が求めた訴訟の判決で、名古屋地裁は、公務災害と認め処分を取り消した。

生徒の資格取得に向けた指導や全国大会で優勝する部活動の顧問で精神的負荷は高く、死亡する前の1カ月間の職務、時間外勤務の95時間35分は、特に過重だったとして死亡と公務の因果関係を認めています。

※死亡の工員労災認定=パナソニック工場勤務-福井労基署
福井市のパナソニック森田工場で勤務していた男性、46歳がくも膜下出血で死亡したのは長時間労働が原因だったとして、福井労働基準監督署が労働災害と認定した。
男性は、2次下請け会社のアイエヌジーと有期契約し、森田工場で電子部品のトリミング作業の夜勤に従事していたが、2015-10-20の夜勤明けに、帰宅しようと自動車に乗ったところで体調不良を訴え、病院に搬送されたが、同日午後に死亡した。
男性の労働時間は雇用契約上、午後11時~翌日午前7時15分であったが、早出するよう求められ、3月ごろから火~金曜日は午後7時に出勤しており、タイムカードの記録では、直前1カ月の時間外労働は81時間であった。

※ミスド店長過労死で賠償=運営会社に4600万円-津地裁
ミスタードーナツの男性店長、50歳が死亡したのは長時間労働が原因だとして、遺族がフランチャイズ店を運営する会社と経営陣を相手に約9600万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が30日、津地裁であり、業務と死亡の因果関係を認め、会社などに4600万円の支払いを命じています。

男性が死亡するまで半年間の時間外労働が月平均112時間に上ったと指摘、極めて長時間の労働に従事していたと認め、会社側は、男性が自分の勤務時間に裁量を持つ労働基準法上の管理監督者に該当すると主張し、会社は労働時間を適正に把握する義務を負わないと訴えたが、裁判所は、勤務実態を考慮すると、管理監督者に相応する待遇を受けていたとは言えないと退けた。
男性は1986年に入社、2011年から津市の2店舗で店長を務めていた。
2012-5、出勤のため車を運転中、致死性不整脈で死亡した。

※関電課長職が過労自殺 残業200時間、原発審査を担当
運転開始から40年を超えた関西電力高浜原発1・2号機の運転延長をめぐり、原子力規制委員会の審査対応をしていた同社課長職の40代男性が2016-4に自殺、1カ月の残業が最大200時間に達することもあり、敦賀労働基準監督署は過労自殺と判断した。

男性は管理監督者に当たるとされ、労働基準法で定める労働時間の制限は受けない。
ただし、会社側は残業時間や健康状態を把握、配慮する義務がある。
2基は当時、7/7の期限までに規制委の審査手続きを終えなければ廃炉が濃厚だった。
関係者によると、男性は審査手続きの一つ、設備の詳細設計をまとめる工事計画認可申請を担当し、極度の繁忙状態にあった。労働時間は1月から急増し、2月の残業は約200時間と推定され、3月から東京に出張して資料作成や規制委の応対に当たった。
3、4月の残業も100時間前後とみられる。
4/中、出張先の都内のホテルで自殺しているのが発見された。

※ワタミの子会社で26歳女性が自殺、1億3300万円で和解

この女性が残した遺書です。

居酒屋チェーン、ワタミの子会社で、正社員として就労していた26歳の女性が過労で自殺したとして、遺族が損害賠償を求めていた裁判で、会社側がおよそ1億3300万円を支払う内容で、平成27年12月8日、和解が成立しています。
女性は、平成20年に正社員として入社し、そのわずか2か月後に自殺しています。
遺族は、1カ月間に100時間を超える残業などによる過労死だったとして、会社側に損害賠償を求めて提訴しました。